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『剣客商売』著:池波正太郎

本ブログで池波正太郎というと、『男の作法』をご紹介したことがありましたが、今回は本業の小説について書きたいと思います。

定期的にテレビ時代劇の放送があるような、言わずと知れた人気作品。剣術の流派「無外流」の達人の秋山古兵衛、その息子の大治郎、女性剣客の佐々木三冬に古兵衛の若妻おはる、主にその4人が天下太平の江戸時代中期にご近所トラブルの解決に奔走という感じ。

昔は切った切られたの剣の道を歩いてきた古兵衛翁ですが、60歳になんなんとするに至り「剣より女だ」とばかりに40くらい年の離れたおはるさんを嫁にもらって悠々自適というのが物語の出だしだったんですが、どうも2巻くらいからは退屈になったらしく、何かある度に口を出すわ手を出すわ。

主人公の古兵衛翁は、若い嫁をもらうわ、周囲の人間から先生先生とチヤホヤされるわ、べらぼうに強いわで、なんというか60すぎたおじいちゃん向けの「俺TUEEE」系ライトノベルなんではないかと思わんばかり。とはいえ、60になるまで作品の裏で努力を重ねていたのだろうし、人間運とタイミング、そして努力で、現実にこういう人間にもなれるのかもしれないなぁと思ったりはします。何かと多めにお駄賃弾んで人に頼み事をするので、お客様相談室のオペレーターに居丈高に難癖つけて、過剰なサービスを要求する現代のおじさん(もののたとえです)よりは、他人から頼りにされるに値するだけのことはしてるかなぁと思います。

悪党とはいえ、襲われれば指や腕を斬り飛ばすわ、当て身で気絶させてふん縛って井戸水をぶっかけ、冬の納屋に閉じ込めるわ、現代社会だとやったら捕まるだろうなぁと思うようなことを結構平気でやっていたりするので、そういう時代だったんだろうなぁと思ったりします。逆に言うと現代日本が、いかに暴力や死というものが遠ざけられているかということなのかもしれませんが。

飯の描写が秀逸で、できるものなら自分で作って食べてみたくなるものばかり(鴨飯とか)。当時の江戸の風俗描写もまるで異世界のよう。我々が生きている世界も、過去に100年も遡れば、人間が想像した架空の世界並に不思議の国なのかもしれません。

ライトノベルや「なろう」小説も一通り読んで、別のものに挑戦したいという御仁にも、純粋に時代小説に興味がある御仁にも安心してオススメできるド定番です。

 
 

『ロード・エルメロイII世の事件簿 3 case. 双貌塔イゼルマ(下)』著:三田誠 挿画:坂本みねぢ

第四次聖杯戦争を生き延びたウェイバーが、ロード・エルメロイII世となって、第五次聖杯戦争を解体するまでの間の物語、第三弾(第二弾の解決編)です。

ある方向に突き抜けることでこの世の根源に至ろうとする魔術師、その中でも「美しい」という事を突き詰めることを目指したバリュエレータ家の成果、黄金姫と白銀姫のお披露目会に参加したライネス(主人公、ロードエルメロイII性の義理の妹)は誰かの策略にはまり、黄金姫の殺害容疑をかけられてしまいます。自分で自分の疑いを晴らさなくてはならなくなったライネスが「詰み」かけていたところに義兄のII世が、そしてなぜかエルメロイ教室の問題児、フラットとスヴィンがやってくきます。一方事件の裏では魔術世界の勢力争いが渦巻き、お披露目会の参加者の1人、アトラム(第五次聖杯戦争:Fate/Stay Nightのキャスターのマスター)がバリュエレータ家の持っているある魔術的な遺物(これも本作で明かされます)を奪うべく軍勢を呼び寄せます。さて、II世とライネスらは大きくなってしまった騒ぎをどう収束させ、謎を解くのでしょうか?

主題は、エルメロイ教室の愉快な仲間たちが大暴れ。といったところでしょうかね?要するに謎解きはともかく、騒ぎの収束については力業です。教室のお披露目会のような感じ。第1巻では内弟子のグレイの正体が明かされたわけですが、今巻で魔術世界におけるエルメロイ教室の異常性みたいなものがいくらか明らかになりました。原作者認定でFate本編と地続きという事だそうで推理小説というよりはType-Moon世界の解説書、あるいは世界を広げる外伝という感じですね。個人的には以前ほど熱心にType-Moon作品を追いかけなくなったので、どうも初出ではないようですが、フラット、スヴィン両名とも独特で強そう。ちなみに今回のラスボスはType-Moon作品では足かけ15年くらい?登場しているあいつでした。

『遙か凍土のカナン 6 さらば、愛しき姫君』著:芝村裕吏、挿画:しずまよしのり

大正時代に大日本帝国陸軍の大尉新田良造が、ウクライナコサックの姫君オレーナに乞われてシベリアに国を作るという、架空戦記ではなく、架空歴史冒険活劇というか、その第6巻です。

サブタイトルにあるとおり、本巻では良造とオレーナの別れがやってきます。第5巻の最後にお腹に良造の子どもを抱えた状態で病に倒れたオレーナ、彼女はどうも3巻の終わりに酷く不義理なこと(なんとかスタンに新しくできた村にいたジブリールから無理矢理良造を奪ってきてしまった)をしてしまったらしく、彼女に謝ってきて欲しいとかなんとか。前半はそのためにシベリアと中央アジアを行きつ戻りつし、後半は本格的に国が動き始め、ついに第一次世界大戦の足音が聞こえてきます。良造たちが作る国はマージナル・オペレーションに登場する「シベリア共和国」という国で、おそらくは作中の2000年代前半まで存在しているということのようですから、国家としては残るのでしょうがどうなることやら。

なんというか、オレーナがいないと、あるいはオレーナのためとなると殺人マシーンになってしまう良造の異様さが際立っていたなぁと。同道しているマンネルヘイム(フィンランドの英雄ですねWikipedia)、とスターリン(言わずと知れたヨシフおじさんWikipedia)もまた人を殺すことにためらいがなかったりするんですが。改めてみるとすごいメンツだ。

本作は色々と機械が出てくるわけですが、プロペラそり、自動小銃(おそらくフェドロフM1916)、サイドカー付きのハーレーダビッドソン(のコピー品)など色々と想像するのが楽しい。マジオペ側ではシベリア共和国はコピー大国と言うことになっていて、シベリア共和国製の6.5mm弾(大日本帝国の30年式か38年式実包)を使うAK−47なんてステキアイテムが出てくる訳ですが、どうもWikipediaを読む限りは6.5mm弾をシベリア共和国で生産し続けられたからということになるんでしょう(現実の歴史だと、日本やイギリスと関係が切れて弾が入手できなくなり、ソビエト/ロシアの小銃弾は7.62mmに移行したらしい)。西側の自動小銃の弾は第二次世界大戦後には7.62mmから5.56mmに口径が小さくなってるので、歴史的には40年か50年くらい先を行ってることになるのか?などと考えるのが楽しい。フェドロフ小銃はシベリア共和国が独立を守るための盾の1つになるのだろうなぁと思ったりするわけで。

マージナル・オペレーションの側からも本作への橋が架かっているわけですけど、次巻で最終巻ということで、本作の結末もさることながら、両作の間の関係性がどうなってるのかが非常に気になります。

他の巻の感想はこちらからどうぞ

 

『葛城姫子と下着の午後』著:畑田知里

秋葉原にCOMIC ZINというちょっとサブカル臭のするコミック専門店があるんですが、そこで平積みされていたのを買ってきた一冊。

女子高校にて女性用下着が好きで好きでたまらない女子生徒たちが繰り広げる諸々の話が書かれていて、その女の子たちの中でも一際頭がぶっ飛んでるのが表題にもある葛城姫子だそうです。といいつつ、主人公は最初はスポーツ用の下着を着けていた関川明日美という女の子。百合ではないが、彼女と姫子の女性同士の友情が話の軸になるのだと思います。

いろんな女の子が出てきて色々な下着を着けていて,基本的に女性の露出度が高いわけですが、男性向け漫画にあるようないやらしさが不思議とない。まるで女性用下着売り場のような感じ。著者は恐らく女性用下着が好きな女性(メイドや中東の民族衣装が好きで好きでたまらない森薫先生みたいな感じ)だと思われますが、徹頭徹尾女性目線で描かれた漫画のような気がします。

個人的に面白かったのが、(夢の中とはいえ)姫子が下着の上にコート(ブルゾン?)を羽織っただけという露出狂スタイルで町に出るというエピソードです。その中で階段下でミニスカートの女子高生のパンツをのぞいていてかつスカートを押さえると文句を付けるという、ダメな感じにスケベなおじさんに絡まれたときに、周囲の女子高生が「足と短いスカートは見せてるが、パンツは見せてねぇ」と啖呵を切ります。あともう1つ、電車の中で保守系の女性国会議員のような感じのPTAおばさんに「子どもに悪影響だから前を閉めろ」といわれたときに、姫子が「悪影響に見えるのは、あなた(おばさん)が下着を性的な目で見ているからでしょう。」と返します。娑婆を見渡す限り頭がおかしいのは姫子なんですが、妙な説得力がありました。この辺は是非読んでいただきたいところ。

ということで、自分と服を脱ぐ相手くらいにしか見せることのないきわめてプライベートな衣服、女性用下着の奥深い?世界が描かれた一作。姫子は正直狂人だと思いますが、結構興味深く読みました。

『秘密の花園』著:フランシス・ホジソン・バーネット、訳:土屋京子

どちらかというと児童文学に入るような気がしますが、新潮文庫の新訳で読みました。

あらすじ
インド生まれの主人公の少女メアリは、コレラで両親を亡くし、その後イギリスのヨークシャーに住むおじさんのお屋敷に引き取られる。そのおじさんは奥さんを亡くして以来一年の大半を海外で過ごしており、奥さんが大切にしていた庭園「秘密の花園」を閉ざしてしまう。なりゆきで秘密の花園の話を聞いたメアリは花園探しを始め、その花園にはやがて屋敷のメイドの弟で、動物と話ができるディコン、おじさんの息子でネグレクトに近い虐待を受けていたコリンが集い、秘密の花園やヨークシャーの自然とのふれあいの中で屋敷に変化が訪れる。

ライトノベルをよく読むせいか、例えば『僕は友達が少ない』のような、文化部の部室にいろいろ事情を抱えた子どもたちが集まって、そこで癒やされたり、勇気をもらったりして成長していく話のように読めました。要するに部室=秘密の花園というわけです。そういう癒やし合うコミュニティのようなものって、実は人一倍そのコミュニティの維持のために陰に日向に頑張っているキャラクターがいたりするよねというのも、本作でいうところのディコンに相当する役回りで一緒だよなぁなどと思ったり。

訳の自然の描写が美しく、ちょっと晩冬から初春にかけてヨークシャーに行ってみたくなる一作。

小説『ガンダムUC』著:福井晴敏

人々はそれを穀物ではなく
いつもただ存在の可能性だけで養っていた。

ようやく読み終わった福井晴敏作のガンダム小説全10巻.

主役メカはユニコーンガンダムなんて呼ばれるわけですが、ガンダム世界の暦である宇宙世紀Universal CenturyとUniCornのダブルミーニングにふさわしく、宇宙世紀ガンダムの約100年にわたる作中の歴史を総括するような作品。OVAですでに結末を知ってはいたのですが、小説で読んでみるとキャラクターの感情などがわかりやすい。読んでみると、アニメが尺の都合で色々とカットされつつ、それでも主要な流れを壊さないように非常に繊細にその作業が行われていることがよく分かります。原作もさることながら、アニメを製作したスタッフも本当に良い仕事をされたのだなと、あれだけヒットした理由が分かる気がします。

全編を通して主人公のバナージやヒロインのオードリーが様々な人とふれあいながら、最後に決意と行動を起こし、周囲の人を動かす、それに至るプロセスが丁寧に描かれるのが本作の特徴ですが、小説であるが故にその辺の描写も濃厚。特に、2人が決定的な影響を受けたであろう、砂漠でのジンネマンとバナージのやりとり、ダイナーの主人とオードリーのやりとり、個人的には本作屈指の名シーンだと思いますが、も大変すばらしい。これだけでも大満足です。

本作はガンダムの世界を借りてはいるけれど、結局技術が進んで人間が住んでいる領域が広がっているだけで、そこには貧困だったり差別だったり、大切なものを奪い去る暴力だったり、現実と大して変わりはない理不尽が相変わらず存在し続けています。現実の射影のような理不尽と不幸が描かれる作中に、物語らしく希望の光が指す本作それ自体が、やっぱり決して理不尽や不幸がなくならないこの世に想像力だけで養われている、ユニコーンそのもののような気がするのです。

上にも書いた私が一番好きなシーンが入ってるのはOVAの4巻。第1巻のモビルスーツ戦も大変素晴らしかったですが。

『冴えない彼女の育て方(6)〜(8)+Girls Side』著:丸戸史明 挿画:深崎暮人

以前、アニメの円盤を買ってしまったことを書いた作品の原作、最新刊までです。

アニメでやっていた部分から先を買って読みました。ああなるほど、こうなるのねという感じ。アレアレ、スポーツ漫画とかバトル漫画である展開です(一応読んでのお楽しみということで)本作の小説は初めて読みましたが、さすが丸戸さん、アニメ同様、女の子がどの子もそれぞれ大変可愛く書かれていて良いですねぇ.丸戸さんの昔の成人向けゲーム(『パルフェ』と『この青空に約束を』くらいですが)をプレイしていたときのような感覚を覚えます。ゲームの方は大体ヒロインと仲良くなると泣かせにかかられましたが、本作では特にそんなこともなく、色々ありつつ仲良くやっているようで。

7、8巻と表紙がメインヒロイン加藤ちゃんなんですが、ようやく表紙に登場したと思ったらどんどん個性が出てくるというか、キャラが立ってきて大変魅力的。なんだかんだ嫉妬深かったり、主人公とあうんの呼吸だったり、密かにとりわけ、サークル活動に思い入れを持っていたり、英梨々とすれ違っちゃったり、最初から著者はこういう子であると考えていたのだろうかと、ちょっと不思議になります。いわゆる”綾波系”のヒロインとも少し違う感じがするのですよね。

アニメの二期はいつになるんでしょうねぇ?いざ始まったら、原作を知らずに見ていた一期とどのように見え方が変わるのか、今から楽しみです。

 
  

『マージナル・オペレーション 空白の一年 上』著:芝村裕吏 挿画:しずまよしのり

物語の中身とは関係がないですが、本ブログでも色々と感想を書いているシリーズの外伝?です。

本作、主人公のアラタが食うに困って民間軍事会社に就職して部隊の指揮を執ってみたら、どうも才能があるらしく、そこで出会った少年兵、少女兵を食べさせて、教育を受けさせ、貧困から脱出させるために傭兵業を始める(そして結果的に何千何万という子どもたちを、貧困から救う……かも)というシリーズなんですが、本作は正伝とでもいうべきメインの5巻に描かれる話の中にあるミッシングリンク、1巻で中東の紛争地帯で最初の24人と出会ってから2巻で日本に帰ってくるまでに、「子供使い」として名前を上げる過程で何があったのかを描いています。一言で言うなら子連れの貧乏旅行という感じでしょうか?

正伝の方は主人公のアラタの視点で描かれていたわけですが、本作はヒロインのジブリールの視点から描かれます。恋する少女が朴念仁のアラタ相手に四苦八苦する様子が大変好ましい。たまにナイフでサイレントキリングしたりするけど……。ベッドでは見てろよ(意訳)みたいなこと言ったりするけど……。

本作、詳しくは書きませんが、同作者とイラストレーターでやっている別シリーズ『遙か凍土のカナン』も読んでいると、より楽しめるように思います。個人的にはニヤニヤしながら読んでいました。某国製の6.5mm口径のAK(実際にはないはず)とかたまりません。本文中にどういう風に登場するのかは、読んでみてのお楽しみということで。

『マージナル・オペレーション』『遙か凍土のカナン』両方読んでいるとより楽しめる、ファンサービス満点の一作です。
  

『あさひなぐ(16)』著:こざき亜衣

新しく長刀を始めた少女が、めきめきと頭角を現す。そんな王道を突っ走る作品です。

2年生に進学した主人公の旭たち。結構ありがちな、幼少期からその競技に取り組んでいる「上手い」後輩。先輩がふがいなかったりすると文句が言いたくなったりするわけです。ということで、始まった部内戦。さてさて二ツ坂高校の部内の結束はどうなってしまうのか。

ちょっとネタバレ気味になるわけですが、部内の体制や人間関係に色々と変化が現れてくる巻です。続けて読んでいる方には、旭が着々と力を付けてきていることが分かると思いますが、それを改めて部内の人間が認識します。人を呪わば穴二つではありませんが、部内戦しろと先生に直訴した後輩の愛知も、部を揺さぶったつもりが自分も揺さぶられたりするわけです。まぁ、こういうことがあると部活やサークルがクラッシュしてしまうこともあるわけですが、本作に限っては、「雨降って地固まる」案件のような感じもします。

もう16巻ですか……なかなか気軽に人に勧めづらいくらいになってしまいましたが、面白さは保証します。今時、電子書籍だとお得に買えることもあり、著者にも利益が行きますから、是非どうぞ。

過去に書いた13巻の感想はこちら。
 

『戦争めし』著:魚乃目三太

突然だが、あなたは飢えたことがあるだろうか?筆者にはない。食べたいと思った物がどうしても食べられないという経験はどうだろう?よほど珍しい食材でもない限り、今の日本ではあり得ないだろう。現代の日本を飽食の時代(それももう当たり前すぎて死語かもしれない)と呼ぶ人がいるが、現代のような状況は、70年前には概ね想像もつかないようなものだったのだ。

……ということで、今回は魚乃目三太先生の『戦争めし』です。第二次世界大戦中の日本で、食べ物に関するエピソードを集めた短編集です。南方のジャングルの中でカツ丼作って食べた話や、空襲下で寿司を食べた話、満州で食べた餃子を復員してから再現した話など、物資の乏しい戦地や銃後の生活の中で、必死に「旨いもの」を食べようと必死になる人々の姿が描かれます。なんというか、みんな本当に旨そうにものを食べているのが印象的です。食べ物の量や種類に乏しい生活の中でようやく…という状況でおいしいものを食べるので、食べた人は涙を流しながら食べるのです。読んでいたら時々、つられて涙が出てきました。

「食べるものに困らない」ってありがたいことなんだなと思い出すことができる一作です。ちなみに発売日は終戦記念日です。