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『遙か凍土のカナン 7 旅の終わり』著:芝村裕吏 挿画:しずまよしのり

なんだかんだ言ってずっと感想を書いてきた本シリーズもついに最終巻です。

さて、日露戦争を生き残った元帝国陸軍軍人新田良造は長い旅の果てに、今は亡きコサックの姫オレーナのためにシベリアに凍土のカナンを作るという大望を果たすことができるのでしょうか?マジオペによるとどうも良造が作った国は「シベリア共和国」と呼ばれているようですが、結局マジオペ内で赤い日本と呼ばれる「シベリア共和国」はどのようにして現在まで残るのでしょうか?

マージナル・オペレーションと本作の舞台となっている世界が、どうも我々の暮らすこの世界とは少し異なる歴史を辿って、少し異なる状況にある世界だということが分かってきたわけですが、本作はまさに「空白の一年 下」と対になるというか両作の橋渡しになっている作品です。

表紙になっているので分かると思いますが、オレーナ、予想通り生きております。子どもも無事です。あと、空白の一年で出てきたヨシフさんは、スターリンの方ではなく、良造の孫にあたるヨシフさんでした。一応良造とオレーナの子ども、そしてオレーナの子どもの配偶者(小ヨシフの片親)はだれか?は一応本書を読んでくださいということで。そういえばマジオペのアラタは結局良造の直系なのかの謎も一応解けたような解けないような。そういえばマジオペの最後の方で出てきた、アラタに異常な執着を示していた中国の指揮官も関係者の末裔なんですかね?

ただ、文章がやや淡泊というか、特に後半に行けば行くほど叙事的な感じになっていくのが残念。主人公の周辺を描写すると、確かにあんな感じなのかもしれませんが。

歳をとったのか勉強の蓄積が閾値を超えたのか、現実の歴史が面白いなぁと思い始めまして、そういう意味で丹念な資料収集と取材を下敷きとしている本作を通じて、なかなか旅行に行かない(現在は残念ながら危なくて行けないような土地も含めて)ユーラシア大陸の奥地を本作で堪能できたのはとても良かったです。特に3巻辺りの、野営のシーンは世界の広さと歴史の深さを感じる良いシーンだったなぁと思っています。歴史のifを描く作品だったわけですが、私程度の浅薄な知識ではまぁ気持ちよく騙された感じです。シベリア出兵なんかの事情は本当に名前しかしらんので、現実の歴史を漁ってみたいなぁと思う次第。

ということで芝村さん、マジオペの新シリーズ楽しみにしています。
 

『マージナル・オペレーション 空白の一年 下』著:芝村裕吏 挿画:しずまよしのり

マージナル・オペレーション本編では語られなかった空白の一年。タジキスタンのジブリールの村から撤退したアラタたち一行が、日本に帰国するまでに何があったのかを語った外伝です。前巻では撤退からシベリア共和国の誘いに従ってイランに行くことを決意するまでが書かれましたが、今回はまさにイランに行くまでの道中劇という感じです。

一行は様々な勢力の力を借りてイランにたどり着くわけですが、そのせいか戦闘指揮の上手さというよりも交渉人としてのアラタの能力の高さが際立っていたなぁという印象か。自由戦士社で鍛えられたとはいえ、本当に日本でニートをやっていたのかと言わんばかり。人間、活躍できるかどうかは能力もあるけど、環境もあるのでしょう。前半衛生状態の悪さからか子どもたちが病気になったりなんだりしますが、この辺りの経験から、3巻以降で大規模な軍隊を運営する際のノウハウを身につけたりするのかなと思います。外伝で、基地の衛生状態を気にする弱音をホリーさんに吐いたりしてましたしね。

同時にこの「空白の一年」は『遙か凍土のカナン(はるカナ)』と本シリーズのクロスポイントでもあるわけですが、前巻から明らかではありますが、過去の因縁をいかに払拭するのかが見所かと思えば、割とあっさりカタがついたりします。ジブリールはまさにアラタの守護天使という感じ。

以下はネタバレです。

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『遙か凍土のカナン 6 さらば、愛しき姫君』著:芝村裕吏、挿画:しずまよしのり

大正時代に大日本帝国陸軍の大尉新田良造が、ウクライナコサックの姫君オレーナに乞われてシベリアに国を作るという、架空戦記ではなく、架空歴史冒険活劇というか、その第6巻です。

サブタイトルにあるとおり、本巻では良造とオレーナの別れがやってきます。第5巻の最後にお腹に良造の子どもを抱えた状態で病に倒れたオレーナ、彼女はどうも3巻の終わりに酷く不義理なこと(なんとかスタンに新しくできた村にいたジブリールから無理矢理良造を奪ってきてしまった)をしてしまったらしく、彼女に謝ってきて欲しいとかなんとか。前半はそのためにシベリアと中央アジアを行きつ戻りつし、後半は本格的に国が動き始め、ついに第一次世界大戦の足音が聞こえてきます。良造たちが作る国はマージナル・オペレーションに登場する「シベリア共和国」という国で、おそらくは作中の2000年代前半まで存在しているということのようですから、国家としては残るのでしょうがどうなることやら。

なんというか、オレーナがいないと、あるいはオレーナのためとなると殺人マシーンになってしまう良造の異様さが際立っていたなぁと。同道しているマンネルヘイム(フィンランドの英雄ですねWikipedia)、とスターリン(言わずと知れたヨシフおじさんWikipedia)もまた人を殺すことにためらいがなかったりするんですが。改めてみるとすごいメンツだ。

本作は色々と機械が出てくるわけですが、プロペラそり、自動小銃(おそらくフェドロフM1916)、サイドカー付きのハーレーダビッドソン(のコピー品)など色々と想像するのが楽しい。マジオペ側ではシベリア共和国はコピー大国と言うことになっていて、シベリア共和国製の6.5mm弾(大日本帝国の30年式か38年式実包)を使うAK−47なんてステキアイテムが出てくる訳ですが、どうもWikipediaを読む限りは6.5mm弾をシベリア共和国で生産し続けられたからということになるんでしょう(現実の歴史だと、日本やイギリスと関係が切れて弾が入手できなくなり、ソビエト/ロシアの小銃弾は7.62mmに移行したらしい)。西側の自動小銃の弾は第二次世界大戦後には7.62mmから5.56mmに口径が小さくなってるので、歴史的には40年か50年くらい先を行ってることになるのか?などと考えるのが楽しい。フェドロフ小銃はシベリア共和国が独立を守るための盾の1つになるのだろうなぁと思ったりするわけで。

マージナル・オペレーションの側からも本作への橋が架かっているわけですけど、次巻で最終巻ということで、本作の結末もさることながら、両作の間の関係性がどうなってるのかが非常に気になります。

他の巻の感想はこちらからどうぞ

 

『遙か凍土のカナン5 この国のかたち』著:芝村裕吏 挿画:しずまよしのり

本ブログで定期的に紹介しているノンフィクションファンタジー?の第5巻です。

いよいよ国の場所が決まり、基本的に国民集めの本巻。しかし、ヒロインのオレーナの様子がどうもおかしい…という話。この話、最初にクロパトキン将軍が出てきたので、確かに実在の人物が登場する余地はあったわけですけど、本巻の最初と最後に出てきた人物については思わず「え!?」っと思ってしまいました。本来ならクロパトキンが出てきた時点でニヤリとするべきなんでしょうが、それは私が物を知らないだけですね。

良造たちはそれぞれ数百キロから数千キロの距離を行ったり来たりです。最初のうちは馬やらなんやらでゆっくり動いていたわけですが、バイクやら鉄道やら車やらを使ってすごいスピードで東奔西走します。物語が加速するのにつれて、登場人物の移動速度も加速しているのはやっぱり意図的に構成されているんでしょうか?

マージナル・オペレーションの世界と地続きであることは、以前の巻で明言されていたのか記憶が定かではないですが、現実世界ときわめて近い世界でありつつ、かつオリジナルの登場人物が世界に挿入されていて、実在した人たちが彼ら彼女らと関係することにより現実世界にもいる人たちの振るまいが少し変わっていってその結果、現代に近いマジオペの世界も現実に近いようでちょっと違う、という理屈になっているみたいですね。最初に書いたノンフィクションファンタジーとでも言うべきでしょうか?

まぁなんというか、良造とオレーナの新婚生活も描かれているわけですが、お互いに足りない部分を補い合っていて良い夫婦ですね。2人の文化的な齟齬も徐々に調停されつつあるのが見ていてほほえましい。オレーナの「機嫌悪いの?おっぱい見る?」的な振る舞いにはちょっとニヤッとしてしまいました。
新婚ほやほやの時にそんなこと嫁さんから言われたら、男は機嫌直さざるをえんでしょうね。

終盤で物語は急転直下、さてどうなるやらという話ですが、次巻は半年後だそうで。先は長いのか短いのか。なんにしろあと2巻で完結だそうです。

関連作品についてのレビュー・感想は以下のリンクからどうぞ

タグ:芝村裕吏

『遙か凍土のカナン 4 未だ見ぬ楽土』 著:芝村裕吏,挿画:しずまよしのり

前巻までで寄り道は終わり、本巻から本来の目的である建国事業が始まります。
中央アジアを越え、クロパトキン将軍がいるプスコフにたどり着いた良造一行。そこから妻(←ここ重要)オレーナの養父~のいるサンクトペテルブルグにて「挨拶」を済ませた一行は、シベリア鉄道に乗り、国作りのための場所探しに向かいます。そこで出会うのは、国作りのパートナーとなる新たな「男」と出会い、ついに建国事業が始まるか?というところで本巻は終わります。上にここ重要、と書いたように良造とオレーナは結婚しています。以前のようにオレーナの求愛を躱し、いなすのではなく、距離が着実に縮まっているのがよく分かります。良造一行のメンバーであるコサックのパウローとユダヤ人のグレンが辟易しているように、口から佐藤でも吐きそうなイチャイチャは引き続き本作の見所の1つでしょう。

作者の言及の通り、「馬」の物語だそうですが、本作ではそれを象徴する出来事が起こります。このことは本巻の表紙を見れば一目瞭然。良造とオレーナの2人が馬(富士号)ではなくオートバイに乗っています。しかもハーレーダビッドソン、1900年代初頭にサンクトペテルブルグで買えるもんなんでしょうかね?本書がフィクションたるゆえん?まぁとにかく、このオートバイとの出会いに至る過程は何とも言えません。ええ。

前巻に対して、旅をしたくなると感想を書きましたが、本作の魅力は作品の内容もさることながら、入念な資料収集に裏付けられた現実への足つきでしょう。歴史の本を読んでみたくなるような、現地に行ってみたくなるような、いろいろな、恐らくは史実のディテールに満ちあふれています。本巻では、上でも言及していますが、やはりオートバイと馬の関係。オートバイを鉄馬と呼ぶことがありますが、自転車とオートバイ、というか二輪車という機械の母は、要するに馬なのだなということがよく分かります、ペダルは鐙で、ハンドルは手綱、鞍はその名の通りサドル。乗馬という風習があったからこそ、人間は二輪車という機械を思いついたのではないかと思わされます。リスクが周知されても乗りたがる人がいるのは、ある意味人間の本能なのかもしれません。あとは、良造、というか日本人の宗教観、倫理観というものが、諸外国、特に一神教の国からするといかに異常であるのかという異文化交流の側面も、前巻に引き続いて面白いなと思った点です。

ということで、本格的な建国編は次巻以降に持ち越し、いろいろな人種、宗教の人が寄り集まって、シベリアにどんな「カナン」が築かれるのか?そして、20世紀前半は戦争の時代ということで、良造とオレーナたちの運命やいかに、ということで続きます。さて、次はいつ読めるだろうか?

 

 

『遙か凍土のカナン 3 石室の天使』 著:芝村裕吏 挿画:しずまよしのり

ウクライナコサックの姫君オレーナを守りつつ、シベリアに国を作れとの密命を受けた大日本帝国陸軍の元士官、新田良造は、新たに出会った連れ合いのユダヤ人騎兵グレン、盗賊の姫ジニをつれて中央アジアを超えてサンクトペテルブルクを目指す。

……という筋書きの本作。本巻にて「寄り道=ジニの村の移設」が終わります。そして、前作の『マージナル・オペレーション』を読んでいればどこかで見たことがあるようなルックスで、どこかで聞いたことのあるような名前の女性が出てきます。彼女がどんな騒動を巻き起こすのか、そして何より、良造とオレーナの仲は進展するのか?

個人的に本作でおもしろかったのは「旅」と「開拓」の描写でしょうか。道を探し、水を求め、野営をする。未開の地を旅する人のあり方がよく描写されていて、自分も旅に出たくなってきました。それも、自転車や徒歩で、自分の足を使っての旅です。実際にはとても大変でしょうが……。野営の中で、なにせ出自の異なるメンバーの集まりですから、年齢の数え方やら何やら、文化の違いを語り合うところはなかなか興味深く読んでいました。後者は要するにテレビ番組『鉄腕DASH』の名物コーナー、DASH島のようです。アレ好きなんです……鉄腕DASH……。

あとは、良造の太公望ぶり!本作は基本的には良造の一人称視点で進むのですが、釣りに関する部分だけまさに目の色が変わったかのように文体が変わります。普段は淡々とした感じの語り口だけに、思わず吹き出してしまいました。是非本書を実際に読んでいただきたいところです。

最後の見所は、良造とオレーナの痴話ゲンカというかイチャイチャというか……というやつでしょうか。読み進めればニヤニヤすること請け合い。そして挿絵の、コサックの女性の衣装を着たオレーナがまた可愛いのです。本巻にて、二人の関係に一区切りつくのですが、さてどうなるかは読んでのお楽しみです。