投稿者「uterium」のアーカイブ

『災害防衛論』

時節柄,災害と名のついた本には目がいきがちですが,何気なく手に取って当たりだった本.

著者は広瀬弘忠さん,文学部出身で専門は災害心理学.テレビにも出ておられるらしいですね.とはいえ,この本では専門家としての矩は超えてないかなぁという印象.
この本何が面白いかというと,『空気の研究』の山本七平先生が引用されていること.戦後間もなくから学者をやっておられる人らしいなぁという感じですが,要は日本人の集団心理って第二次世界大戦のころから今の今まで全く変わってないよねー,ということ.戦時中のことは歴史の授業程度のことしか知らんけど,まぁ多分そうなんだろうなぁなどと思います.そして,自分も例外なく「相変わらずの日本人」の一人だなぁと.

『災害防衛論』的な主張としては,豊か=お金持ち=余裕がある国を作ることがまず防災の原点である.更にはリスクポートフォリオを作って,社会システムや機械システムには危機に対するネガティブフィードバックを組み込むこと.災害対応には強いリーダーシップが必要であるが,同時に権力を監視する必要がある.と言ったことでしょうか?当たり前っちゃ当たり前なんですが,現実を見る限り当たり前ができてなかったなぁと思いますよ.そういうできてない当たり前に光を当てる良い本です.

とにかく,日本の社会システムや日本人の集団心理についてのバグ出しをひたすらしている本で,震災の後の僕らに突きつけられていることは,バグ取りをどうやってやる?ということなんだと思います.まぁあんまりうまく行ってなさそうではありますが.

鳥インフルパンデミックの時期に書かれた本ですが,今読んでも面白い,今読むから現実とのリンクが面白い本だと思います.

災害防衛論 (集英社新書 (0416)) 災害防衛論 (集英社新書 (0416))
(2007/11/16)
広瀬 弘忠

商品詳細を見る

まおゆうについてあえて語ってみる

このブログの数少ない読者の皆様,「まおゆう」という物語を知っていますか,正式名称は『魔王「この我のものとなれ勇者よ!」勇者「断る!」』といって,2ちゃんねるのスレッドで連載されていたウェブ小説です.どこからか(Twitter?)評判が広まり,ついには書籍化までされてしまいました.
今更僕ごときが面白さを語るまでもなく,ちょっとありえないくらいこのお話が好きで,しかも上手い日本語で推薦文を書いている人がたくさんいるんですが,あえて僕もこの物語の面白さを語ってみます.
勧善懲悪という考え方は今や完璧に陳腐化されてしまい,少年マンガですら「正義の反対はまた別の正義だ」と言い切ってしまう世の中です.
この物語も発端は,古典的な勧善懲悪を信じる勇者が最終決戦的な形で魔王に出会うのですが,その魔王が,「お前のやり方ではお前が望む結果(みんなの幸せ)は得られない,ちょっと私の話に乗ってみないか?」と問いかけます.実はその魔王は他人を虐げる悪の体現者ではなく,「経済」という現実にも存在する学問が専門で,世界の技術水準からはちょっとはずれた知識を貯えているという知識人でした.そして彼女は現在の「悪」が世界の構造的な問題であると看破し,「それを二人で変えないか?」「みんなが幸せになるという正義を実現してみないか?」と勧誘するのです.ところがいくら個人として目端が利いても,世の中変わらないよ,ってのが現実ですが,この二人の出会いはたくさんの人たちを巻き込みながら,現実に世の中,というマクロな仕組みを変え始めるのです.
地の文がほとんどなく,会話文の応酬で物語が進み,いわゆるオタクっぽい独特の文体ではありますが,中身は凡百のファンタジーは道を譲れ,と言わんばかりの骨太ファンタジーです.
これはどうも中世以降の世の中の発展の流れを踏襲したもののようで,現実の世界史の「流れ」を理解する上でも非常に役立つ気がします.世の中が変わっていく歴史のダイナミズムを疑似体験できる物語です.きっと退屈な世界史の授業が面白くてたまらなくなるのでは?
「正義の反対はまた別の正義だ」といった少年マンガ,ワンピースは,主人公たちが正義の体現者ではなく,ワンピースを手に入れる,という目的のために冒険をしている悪役であることによってこの命題を消化している気がします.しかし多くの,主人公が正義の体現者である作品においては,とりあえず戦いは終わったけど,これからどうすんの?的なオチになりがちです.この物語では戦いの終結の向こう側にある問題に正面から取り組んでいます.
この物語の中で,魔王が「あの丘の向こうが見たい」と言いますが,読者である僕らは読み始めた時点で既に,多くの物語が超えられなかった「正義と悪の戦い」の向こう側を,この物語を通じて垣間見ているのです.

まおゆう魔王勇者 1「この我のものとなれ、勇者よ」「断る!」 まおゆう魔王勇者 1「この我のものとなれ、勇者よ」「断る!」
(2010/12/29)
橙乃 ままれ

商品詳細を見る

2010年個人的ベストブック 総括

これ以前の3記事で,2010年に読んだ本の中で印象に残った本のベスト3を紹介したので,今年の読書生活の総括をしたいと思います.
2009年は本当に小説が豊作(面白い本が読めた)だった記憶があります.その点,今年はちょっとイマイチだったような.マンガは,去年から思っていましたが,最近本当に面白いです.当然僕の好みというのは偏っているわけですが,それでもその観測範囲の中でも本当に自分の心に深く響く作品が多いです,そして時を経るにつれて増えている気がします.それだけに,東京都の表現規制の話は本当に残念でした.一般書籍もアタリ年で,ベスト3に挙げた書籍はいずれも良かったし,それ以降も面白かった,という本がいくつも控えています.
電子書籍界隈が盛り上がっていますが,僕も『これからの正義の話をしよう』を含めて何冊か電子書籍で読みました.その結果として思ったのは,世界中を飛び回っている人や,長期で日本を離れる人にとっては,いつでも最新の日本語の本を買える,というのは非常にメリットになると思います.場所もとりませんしね.ただ,それ以外では絶版本,同人誌的なものが手に入りやすくなるというメリットはあっても,書籍売り上げ冊数の向上に貢献するかどうかはちょっと疑問です.
読みたい本が結構たまっているのですが,それが容易に手に入らない状況にあるので,帰国するのを非常に楽しみにしています.リバウンドが酷そうです.本業の方を踏ん張らなくてはならなくなってくるので,マンガばかり読みそうな気もするのですが,来年も「知る楽しみ」や「文章を味わう楽しみ」を自分なりに追求していきたいものです.

『これからの「正義」の話をしよう』著:マイケル・サンデル

言わずと知れたベストセラー.iPhoneアプリの電子書籍版で読了.電子書籍で本を一冊読み尽くしてみた感想はいずれ.
まずは第一感として,これは自分にとって,政治学や政治哲学についての「ソフィーの世界」になりそうだなぁという印象を抱きました.身近な例を引きながら,思想の流れに一つ筋を通しているのは,これから自分で勉強していく上で非常に役に立ちそうな予感がします.政治哲学の入門書としてはとても良くできているのではないでしょうか?
では,内容について少し触れていきたいと思います.まず第一に,この本に「正義の断定」を期待するのはおそらく間違っているのではないかと思います.なぜなら,彼のコミュニタリアンとしての主張自体も,彼が本書の中で論破してきた思想家たちの主張同様に,現在か将来の思想家によって論破されうるものだからです.彼がこの本の中で本当に主張したいことは,「正義とは何か」について学び続け,考え続け,議論を続けるという「メタ正義」なんではないかと思います.このことはおそらくこの本の内容が,ディスカッションを主体とする講義に由来しているということからも読み取れるのではないでしょうか.
この「メタ正義」というのは非常に自分の考え方に馴染むのだけれども,実際にこれを社会の中に実現するのは非常に困難なんではないかと思います.現実問題として,ハーバード大学という超エリート校に通うエリートが,大量の事前学習と綿密な予備的ディスカッションを経てやっと,実現されているものなのだから.ぶっちゃけ面倒くさすぎる.ただし,この考え方が民主主義と組み合わされたときの可能性の大きさは,本書の中で主張されているように困難な道のりの先を目指すに値する気がします.「正義」とは,ただの自分勝手な偏見を主張するために巷でやたらに振りまわされるほど,軽いものではないのです,きっと.
本書の主張とは別に読んでいて思ったのですが,最初から「メタ正義」との組み合わせの仕方が考えられていたのだとすると,民主主義を発明した思想家って本当に偉大ですよね.ミラクルな知的発明だと思います.そして,現在の日本社会が民主主義を使いこなせていない,というどこかの誰かの主張にも納得できる気がします.
コミュニタリアンとか,リバタリアンとか,正義を語る言葉を世間に広めただけでも,この本のベストセラーにはとても価値がある気がします.講義のWeb公開,本書のベストセラーまでふまえた上であとがきを読むと,現実的な理想主義者としての著者の手腕の巧みさと一貫性には,脱帽せざるを得ません.

『驕れる白人と闘うための日本近代史』

自分は一応理系でして,歴史の暗記科目っぷりに嫌気がさして,地理に逃げ,理系に走ったクチです.という訳で最近歴史をもう一回勉強しようとして読み始めたのがこの本です.
教科書問題でも話題になりますが,なぜ日本の歴史というのはいわゆる「自虐史観」的になるのでしょうか?その理由は日本が近現代において二回敗北している(一度明治維新のときに西洋文明に屈し,そして第二次大戦で敗北した)ことにあるのでしょう.この本はそんな日本の常識的な歴史の語り方を大きく逸脱した近代史(江戸~明治時代)の本です.
内容を要約すると,近代~この本が書かれた時期までの一般的な欧米人の感覚とは大きく異なり,日本には独自のかなり高度な文明,社会が存在していたのだ,ということです.たとえば日本の農民は西洋の農奴とは大きく異なるものであった,とか行った感じで,言われるままに自分たちの歴史をいたずらに下に見る必要はないと説きます.
驕れる白人,とタイトルにあるように,かなり攻撃的な調子で書かれているように感じます.たとえば欧米人は日本に対して「技術だけ盗みやがって」などと言っていたわけですが,彼らを文明の勝者たらしめた科学技術はそもそもイスラム世界に保存されていたものを十字軍で収奪してきてアレンジしたものなわけで,そのことを差し置いてジャパンバッシングするのは傲慢ではないの?というわけです.
確かに西洋文明は文明戦争(そんなものあるのか?)の勝者であり,科学技術+資本主義は問題を含みつつも史上最も多くの人たちを養うことに成功しています.そんな勝った文明側の欧米人が,今も上から目線で日本のことをみているのかはよく分かりません.この本が書かれたのは1989年であり,それから20年で日本のポップカルチャーが輸出されたり,日本の経済的な地位が低下したりと状況は変わっており,自分で確かめてみないと分からなくなっているように思います.
優等生的な回答をすると,過去のことでよその国の人とむやみやたらにケンカをするのは生産的ではないですが,バカにしてくる相手に一矢報いられるだけの歴史の教養と語学力はこれからもっと重要になるんでしょうね.その歴史の教養が,一部のマニアの物になってしまっている日本の現状ってどうなんでしょうね.自分も不勉強組に入る同じ穴のムジナなわけですけども.

驕れる白人と闘うための日本近代史 (文春文庫) 驕れる白人と闘うための日本近代史 (文春文庫)
(2008/09/03)
松原 久子

商品詳細を見る

『ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか 感情労働の時代』著:武井麻子

なんでモンスターペアレントやモンスターカスタマーみたいなのが出るのか、ということについて、ライトノベル作家の浅井ラボさんが「奴隷と王様ごっこ」という記事を書いているんですが、個人的にはなんとなく当たっている気がします。外国に行って思いましたが、向こうの接客業って愛想悪かったりと、結構適当ですもん。日本の接客業は300円の牛丼から云万円のブランド品まで、何買っても店員さんがニコニコしてくれます。
ということで、本書は肉体労働、頭脳労働に続く第3の労働形態である感情労働というものが抱えている問題について書かれた本です。感情労働とは何かというと、いわゆるサービス業、営業や接客など自分の感情を制御し、要請される役割を演じることによって対価を得るという労働形態です。著者の武井麻子さんは医療系の出身ということで看護師や医師など、死に直面する感情労働の例を多くひいています。
この感情労働のなにが問題なのかというと、人間にとって自分の感情を偽るということは精神衛生上大変良くないことであり、医療従事者やサービス業に携わる人に心の調子を崩してしまう人が多いそうです。その緩和方法として、セラピーやカウンセリングなどを通じて自分のありのままの感情を理解してもらうというプロセスがあげられています。そして、現代では経済活動の優先から接客(接遇)マニュアル、などといった形のサービスのマニュアル化によって感情労働の強化が進んでおり、人間の感情を取り巻く状況は大変厳しい物になっている、と問題提起してます。
この感情労働の問題というものは、ある職業の人特有の問題なのかというとおそらくそうではなくて、介護殺人のような形で表出してきているように、親の介護、配偶者の介護などを通じて誰にでも降りかかりうる問題であるように思います。こういう問題が現代においてピックアップされるようになった原因は、主に科学技術によってどうしようもないことが何とか出来るようになってしまったことで、いろいろなことに完璧を求めるようになってしまったこと、そして逆に宗教のようなどうしようもないことを受け入れるための精神的な装置の力が弱まってしまったことがあるんではないかと、個人的には思います。
じゃあどうすればいいのでしょうね?考えつくところでは、弱音を吐ける相手や本音をぶっちゃけたり負荷を分散するコミュニティを確保すること、そして楽に考えること(世の中にはどうしようもないこともあると適度に諦めるとか、親ならば最期まで無償の愛情をもって介護しなければならない、みたいな思いこみを捨てること)なのではないでしょうかね?

『平成オトコ塾 悩める男子のための全6章』著:澁谷知美

男と女,どちらの方が生きるのが大変か,とはよくある問いです.結論から言うとどちらもそれなりに大変なんでしょうし,それは自分がどのように生きたいのかということと密接に関係があるように思います.もしその大変さが「常識」みたいな社会が決めた枠のようなものに端を発するならば,常識を覆してその枠を取り外すのが学問の本懐というものでしょう.
ということで本書『平成オトコ塾 悩める男子のための全6章』は副題のように,男性が「生きづらい」と感じる原因になりそうないくつかの「常識」に疑義を投げかける本のようです(こういう研究分野を男性学というそうで).
この本のなかでも特に1~4章は「弱みを見せるな」という男性に対する社会的な圧力のようなものからいかにして自由になるか,ということを述べているように思います.確かにそう簡単に弱音を吐いてたまるか,みたいな意地は自分にもあるような気がします.最後の二章の下ネタ的な話(包茎と性風俗の話)は,今のところお世話になる予定がないので個人的に役立つかは微妙な感じです.こういう話大好きですけど.
苦言と受け取られることを危惧してか相当注意深く言葉を選んでかかれているように感じました.非常に読みやすく丁寧な文体でした.それでいて普段の思い込みを覆されるようなことがかかれている面白い本でした.
2chの一部的なヘイトスピーチを読み飽きたら,読むと面白いかもしれません.

平成オトコ塾―悩める男子のための全6章 (双書Zero) 平成オトコ塾―悩める男子のための全6章 (双書Zero)
(2009/09)
澁谷 知美

商品詳細を見る

Gunslinger Girlについて熱く語ってみる

自分が好きな物語には一定の傾向があって,そのうちの一つが,「実存はどこにあるのか」というものだったりします.たとえばCLAMPの「ちょびっツ」では,人工物と人間の恋愛という,わりとよくあるSF的な題材を扱い,最終的に自分と相手との関係の中に心とか知性というものが生じるのであって,実存を担保するのは「心」とか「思い出」だということが描かれました.同じくCLAMPの『ツバサ』では,小狼からさくらへの愛情において,相手との時間の蓄積(=思い出)が欠損しても,相手が存在すること自体で実存は担保されているのだと主張されました.

では,記憶(思い出)も,体も喪失された存在の実存はどうなるのかという問題を取り扱ったのがこの『GUNSLINGER GIRL』という作品だと考えています.この作品は虐待などで心身ともボロボロになった少女を薬漬けにして洗脳してサイボーグに改造してテロリストと戦わせるという,オタクの気持ち悪いところが結晶したような作品です.そんな作品ですが,自分はこの作品に「実存はどこにあるのか」というテーマを見出して非常に愛しております.登場するサイボーグ少女(作品中では義体と呼ばれる)達は,改造前におおよそ受け入れがたい事件によって存在を否定されています.さらに勝手な都合で死を運命づけられた(テロリストと戦うので死と隣り合わせ+メンテナンスのために投与される薬物で中毒を起こして死ぬ運命にある)第二の人生を歩まされているわけです.そんな,記憶も体も偽物,本物の人生はロクなものでない彼女たちの実存はどこにあるの?というわけです.話の作りも,複数登場する義体たちのいろいろな生き様が描かれて考えさせるような作りになっており,自分は作者の思惑にどっぷりハマっている感じです.

さらに自分がこの作品を愛するもう一つの理由は,「いびつさ」です.この作品の義体は大人と「フラテッロ(イタリア語で兄弟)」というペアで行動をしており,ペアごとの人間関係が作品の軸になっています.フラテッロの義体が過去のない存在なのに対して,大人の方は過去に縛られまくり,過去をよりどころに生きてるような人達です,ペアなんだけどつり合いが取れていないいびつな関係です.これに関しては最新刊の12巻で,主人公2人が縛られ続ける過去の事件が語られ,ますます際立つ感じです.作品自体もいびつな形をしていて,オタク受けしそうな設定や「なんで?」っていうようなツッコミどころ(なんで少女だけがサイボーグになるのかとか)があったりするわりに,舞台であるイタリアに関しては綿密な取材によって政治,文化などがこれでもか!というくらいにリアリティをもって描かれています.
初見は「ウゲッ」でも読んでみるとなかなか味わい深い.珍味のような作品ではないでしょうか?

GUNSLINGER GIRL 12 (電撃コミックス) GUNSLINGER GIRL 12 (電撃コミックス)
(2010/04/27)
相田 裕

商品詳細を見る

GUNSLINGER GIRL 1 (電撃コミックス) GUNSLINGER GIRL 1 (電撃コミックス)
(2002/11)
相田 裕

商品詳細を見る

『青少年に有害! 子どもの「性」に怯える社会』 著:ジュディス・レヴァイン 訳:藤田真利子

岸田秀の『性的唯幻論序説』によると、「人間とは本能が壊れた動物であり、性交も本能ではできない」と言われています。この仮説が真実だとして、人間の子どもは成熟までに何らかの形で「性」について学ばなくては種が存続できないわけですが、この性を社会の要請する形に秩序立てる教育が性教育ということになるのでしょう。
この『青少年に有害!』という本は、アメリカにおける性教育の混乱ぷりを指摘した本であり、かなりリベラルな立場から性教育の本質について意見を述べています。
端的にいうと、アメリカでは子どもを性的なものから完璧に隔離する、という形式のキリスト教右派的な教育方針を採っている(た?)そうです。それには性的な情報に触れることを禁止することに始まり、合意の上での原始的な性的行為をした子どもを家族から引き離して特別な強制教育を施すという、偏執的なものまで含まれていました。
これに対して作者は実際の取り組みを取り上げ、性を年代に関係なくポジティブに解釈し、子どもの自主性を最大限尊重しながら科学的な知識を教え、最終的にお互いを思いやる建設的な性関係を構築できるようようにするべきだと主張します。
性教育とは、性という限りなくプライベートなものを教育という社会的なプラットフォームに載せる時点で非常にデリケートなものですが、「彼女妊娠させちゃった」とか性的に搾取されるとかDVにあうとか、知識がないゆえの不幸や他人の理不尽な悪意から自分自身を適切に守ることが出来る知識が身に付きさえすれば、そこに至る道は広く開かれているべきだと思います。

性交について学ぶことは、欲望のスイッチを「オン」にしたり、身体のスイッチを「ゴー」に切り替えるということではない。人はむしろ、その人自身の経験と、身につけたすべての決まりごとに応じたイメージや考え方に反応する。

のであって、最近日本でやろうとしているみたいに、なんでもいいからとりあえず子どもがエロいものを見られないように、法律で一括に規制しとけばいいやっていうのは、本書で言われているように教育上の怠慢だと思います。

青少年に有害! 子どもの「性」に怯える社会 青少年に有害! 子どもの「性」に怯える社会
(2004/06/18)
ジュディス・レヴァイン

商品詳細を見る

11月に読んだ本

2009年11月の読書メーター
読んだ本の数:6冊
読んだページ数:1517ページ
■男たちへ―フツウの男をフツウでない男にするための54章 (文春文庫)
「私の理想の男」について作者自身の偏見をひたすら語ってる本.結構「うまいこと言ってるなぁ,わが身を正さねば」ってのがあるけど,基本的には「利口ぶった女の書く,男性論なんぞは読まないこと」だと思う.そのあたりを自己言及してるところもこの本の良さかな.
読了日:11月16日 著者:塩野 七生
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/3815178
■経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)
タイトルに偽りがなく、かつ社会やニュースを見る上で応用が効く考え方を学べる良書。身近な実例が多く挙げられていて読みやすい。
読了日:11月14日 著者:大竹 文雄
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/3784586
■Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)
「自分が何を使ってるのか」よく分かる良書。
読了日:11月07日 著者:津田 大介
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/3688656
■グローバリゼーションと人間の安全保障
グローバリゼーションという流れ自体は昔からあって、現状、科学、情報技術によって加速されているだけだというのは同感。一応今のところ、史上最も多くの人を「食べさせる」ことができたのが科学技術+資本主義だからそれが上手い事行くように運用するってのも同意。ただ、理性的なヒューマニズムが世界中の人みんなに普及しうるのかは、疑問だなぁ…。人間は偏見の生き物。
読了日:11月07日 著者:アマルティア セン,山脇 直司
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/3684895
■中年童貞 ―少子化時代の恋愛格差―
こんな風に自分の頭の中で理屈をこねて,学問や統計の言葉で世間を恨んでも,本質的には何も解決しないんだよな.他人事ではないけど,書いてあることにはあんまり共感できなかった.
読了日:11月04日 著者:渡部 伸
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/3651127
■傷なめクラブ
かなりの確率で質問に答えていない、だがそれがいい!この人は「キモチ悪くない」と思う(二村ヒトシ的な意味で)。姐御と呼ばせてください!
読了日:11月03日 著者:光浦 靖子
http://book.akahoshitakuya.com/cmt/3641421
▼読書メーター
http://book.akahoshitakuya.com/
11月後半は忙しくなってきたのですが、前半は結構読めました。この中では「経済学的思考のセンス」が良書でした。「男たちへ」も面白かったです。12月はもっと厳しくなるのだろうけど、時間を見つけて読みたいところ。