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まおゆうについてあえて語ってみる

このブログの数少ない読者の皆様,「まおゆう」という物語を知っていますか,正式名称は『魔王「この我のものとなれ勇者よ!」勇者「断る!」』といって,2ちゃんねるのスレッドで連載されていたウェブ小説です.どこからか(Twitter?)評判が広まり,ついには書籍化までされてしまいました.
今更僕ごときが面白さを語るまでもなく,ちょっとありえないくらいこのお話が好きで,しかも上手い日本語で推薦文を書いている人がたくさんいるんですが,あえて僕もこの物語の面白さを語ってみます.
勧善懲悪という考え方は今や完璧に陳腐化されてしまい,少年マンガですら「正義の反対はまた別の正義だ」と言い切ってしまう世の中です.
この物語も発端は,古典的な勧善懲悪を信じる勇者が最終決戦的な形で魔王に出会うのですが,その魔王が,「お前のやり方ではお前が望む結果(みんなの幸せ)は得られない,ちょっと私の話に乗ってみないか?」と問いかけます.実はその魔王は他人を虐げる悪の体現者ではなく,「経済」という現実にも存在する学問が専門で,世界の技術水準からはちょっとはずれた知識を貯えているという知識人でした.そして彼女は現在の「悪」が世界の構造的な問題であると看破し,「それを二人で変えないか?」「みんなが幸せになるという正義を実現してみないか?」と勧誘するのです.ところがいくら個人として目端が利いても,世の中変わらないよ,ってのが現実ですが,この二人の出会いはたくさんの人たちを巻き込みながら,現実に世の中,というマクロな仕組みを変え始めるのです.
地の文がほとんどなく,会話文の応酬で物語が進み,いわゆるオタクっぽい独特の文体ではありますが,中身は凡百のファンタジーは道を譲れ,と言わんばかりの骨太ファンタジーです.
これはどうも中世以降の世の中の発展の流れを踏襲したもののようで,現実の世界史の「流れ」を理解する上でも非常に役立つ気がします.世の中が変わっていく歴史のダイナミズムを疑似体験できる物語です.きっと退屈な世界史の授業が面白くてたまらなくなるのでは?
「正義の反対はまた別の正義だ」といった少年マンガ,ワンピースは,主人公たちが正義の体現者ではなく,ワンピースを手に入れる,という目的のために冒険をしている悪役であることによってこの命題を消化している気がします.しかし多くの,主人公が正義の体現者である作品においては,とりあえず戦いは終わったけど,これからどうすんの?的なオチになりがちです.この物語では戦いの終結の向こう側にある問題に正面から取り組んでいます.
この物語の中で,魔王が「あの丘の向こうが見たい」と言いますが,読者である僕らは読み始めた時点で既に,多くの物語が超えられなかった「正義と悪の戦い」の向こう側を,この物語を通じて垣間見ているのです.

まおゆう魔王勇者 1「この我のものとなれ、勇者よ」「断る!」 まおゆう魔王勇者 1「この我のものとなれ、勇者よ」「断る!」
(2010/12/29)
橙乃 ままれ

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