投稿者「uterium」のアーカイブ

『レインツリーの国』著:有川浩

著者は有川浩先生。
図書館戦争の2巻で名前が出てきて、登場人物たちの状況とオーバーラップしていたという小説を、実際に出版してみましたという形式の作品です。文庫版になっていたので買いました。
最近Twitter婚みたいな話がちょっと話題になりましたが、そんな感じで主人公は男性、あるサイトで、ある女性と本の感想をやり取りする中で相手の人間性に共感し、恋が芽生えるが、実は彼女には秘密があって…というストーリー。
その秘密がお互いを隔てる大きな壁となって立ちはだかる訳ですが、言葉の応酬で傷だらけになりながらも、徐々に相互理解を深めていきます。自分ならば序盤で逃げ出しとるわというような心と心のぶつかり合いを乗り越えていく主人公の男気と言うか、恋する男のパワーには個人的に敬服するというか、あてられそうになります。主人公はどう考えても最初からベタ惚れです。
彼女の秘密のところでデリケートなネタを取り扱っているのですが、最大限配慮してというか、真正面から思いやりを持って小説の材料としているように感じられました。あとがき、解説にもその事が触れられていたのですが、そちらも素晴らしかったです。本編を読んで何かしら感じるところがあるなら、読まずには終わるべからずかと。
CLAMPのマンガに個として強くある事、『十二国記』に自分ではどうにもならない事に対して腹をくくる事を教えられた自分ですが、色恋というか、「基本的に相互理解と思いやり」という、「ぼくのかんがえたれんあい」が多分にこの有川浩先生の影響を受けている事は本作品で良く分かりました。
個人的に全ジャンルの本の中で今年の五指、最低でも十指には入る良質の恋愛小説です。文庫版は400円と安価なので、キュンキュンしたい向きには是非オススメします。

レインツリーの国 (新潮文庫 あ 62-1) レインツリーの国 (新潮文庫 あ 62-1)
(2009/06/27)
有川 浩

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『高校球児ザワさん』

書名と内容をどこからともなく聞いて、気になったので買ってみたらすごく良かった。
「野球バカ」な女の子ザワさんがマイペースに日常を送っているだけ、それを見て回りの男はドキドキして、女は(一般的な)女性らしからぬ価値観を持っているザワさんに驚く的な掌編がひたすら続くというもの。
男性と女性の中間にいるように感じられるザワさんが非常に不思議で、かつ周りでドキドキしてる男どもには親近感が湧く(自分自身はテニス部でしたが)という感じ。友人に読ませたところ「男性目線特有の嫌らしさがないから、いかにも女性がかいた感じがする。」と言ってたんですが、自分としても女の子見てドキドキしてる男を見てる女性の目線という作品自体の一回転した構造が非常に面白いと思いました。
しかしまぁ友達のかりたての坊主頭を触ってるときの幸せそうな表情と言ったらないですね!!続くのならザワさんの野球バカ以外の側面も見てみたいと思うのですが、作品の趣旨を外れますかねぇ?

高校球児 ザワさん 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL) 高校球児 ザワさん 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
(2009/04/30)
三島 衛里子

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『りはめより100倍恐ろしい』著:木堂椎

「いじ」りは「いじ」めより100倍恐ろしいというタイトルだそうです。
この作品が書かれたときには作者は現役の高校生だったということで、なんとも繊細な言語感覚をもった高校生がいたもんだなぁと思います。口語体で語られる物語がリアル過ぎて、自分がその場にいるような気になって気分が沈んでしまいました。それぐらいのリアリティがある作品ってことなんでしょう。
話の流れからして、結局主人公たちを虐げようとした「強者」が一番悪いのではなく、人が集まって一定以上の空間的、時間的な密度を持った関係が生じると、虐げる、虐げられる構造が自然に出来てしまうということが言いたいのでしょうか?何となくそんな気がします。とすると、そういう関係の向こう側に行くためにはどうしたら良いのかとか考えてしまいました。夏目漱石や吉田兼好のように、厭世するしかないのでしょうか?その点、大人になればある程度所属するコミュニティを選べるのに対して学生は辛いよなぁなどと思ってしまいました。
しかし作中で行われている行為はいじりというよりはいじめの域に入っている気がしてしまうのは俺が弱いからでしょうか?あれは絶対いじめだって!

『こころ』著:夏目漱石

すまん,漱石舐めとった.
言わずと知れた名作ですが,なんというか文豪の感受性の鋭さと日本語の巧さに衝撃を受けました.しかし,何と救いのない話なんでしょう.
まぁ人間に対する感覚が鋭すぎる人だったのは確かなのでしょうが,先生は奥さんを本当に愛していたのか疑問です.大切に思っていたことは事実でしょうが,それにしても奥さんの愛情を甘く見過ぎのような気がします.他者ときちんと向き合えてないところがすばらしく現代的です.自分にも思い当たる節があるよなぁ.
いつだったか中高時代に教科書で読んだ時は何も感じなかったのですが,今や50ページ読むと気分が沈んで続きを読む気がなくなる始末.読み終えるのに苦労をしました.当時の国語の教師が「暗いけれどすばらしい作品です」と言っていたのがよく分かりました.先生,あんたの言うとおりだったよ.
この作品から受けた衝撃たるや「いろいろな作品を読んで大抵の物には動じないぞ」と防弾チョッキを着た気でいた所に,ライフル弾が貫通したくらいのものでした.
ほんとうに,まだまだこの世には面白いものが満ちているに違いありません.

『すべてはモテるためである』 著:二村ヒトシ

以前エントリーに書いた、文化系トークラジオLife 「草食系男子の本懐」の回で紹介されてた本です。
大阪の都心の大型書店にもなく、入手にえらい苦労をしました。出版社にはあるみたいなので、書店で注文かネット通販で入手するのがよいのではないでしょうか?
現代の日本に住んで普通に生活している人の不幸の原因は、だいたい「モテないこと」に端を発しているのであるから、「すべてはモテるためである」と説きます。じゃあモテない人はなんでモテないのかというと、多かれ少なかれ、タイプの違いはあれ、「キモチワルイ(本書における専門用語)」からだと。
んで、どういう人がモテるのかというと、「キモチワルくない人」=「自分の居場所が、まっとうな自信と謙虚さに結びついている人」だそうです。イメージとして確かにそんな気がしてきます。
自分で精神の改造に成功したとして、じゃあ他人、特に女の子に「キモチワルさ」を出さない訓練をするためには、「フーゾクに行け!(ただし正しいやり方で)」と。お金で何とかなる物はさっさと自分で工面して何とかしてしまえと。買えない物を手に入れるためのステップにしろと。そのように説きます。
結局「自意識の檻」を出て、「他人」と誠実に付き合えるようになれば、それがすなわち「モテる」ということだと。バカな事をするときも、それが通じる相手(本書では「自分と同じ土俵に乗ってくれている」)に対してだけやれと。
『草食系男子の恋愛学』の中の人ほどには、自分の性欲や男性性を脱色できない人(自分含む)にはかなり役立つのではないかと。僕自身は非常に感銘を受けました。口語体の本文も実用書って感じで個人的には好きです。
名著、と紹介されてましたが、確かにその通り。手放さずにバイブルにしていこうと思います。

すべてはモテるためである―「キモチワルイ」が「口説ける男」になる秘訣 (ムックセレクト) すべてはモテるためである―「キモチワルイ」が「口説ける男」になる秘訣 (ムックセレクト)
(1998/05)
二村 ヒトシ

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『カフーを待ちわびて』著:原田マハ

南の島の孤独な青年明青のもとに,彼が本土に旅行をしたときに書いた「嫁にこないか」という絵馬を見て,謎の女性幸がやってくる,そこから凪いだ海のような主人公の生活に変化が….
という話.
まず,南国の穏やかな雰囲気が非常に魅力的.ヒロインの幸が主人公の明青から見ていかに美しいのかってのもよく描写されてて大変素敵.普通の小説なのにヒロインに恋してしまいそう.
美少女ゲームなら「ヘタレ」といわれてもおかしくないくらい主人公が憶病なんだけど,彼の境遇を考えるに無理はないのかなぁと読後少し思った.ただ,幸が来たことで明青の眼に映る世界が広がって,変わっていく感じも良かった.
ただ,話の中では起承転結してるんだけれども,転で終わっているともとれる終わり方が若干消化不良.
映像ではどのように表現されているのか確かめてみたい作品.

『武士道シックスティーン』、『武士道セブンティーン』著:誉田哲也

『武士道シックスティーン』と『武士道セブンティーン』の感想です。
これらの作品、要約すると、勝ち負けを極端に嫌う早苗と、宮本武蔵を師と崇め、勝負に固執する香織という正反対の性格をしている二人の剣道少女によるガールミーツガールストーリーです。この全く正反対の二人が、剣道を通してお互いに影響を与え合い、成長していきます。特に『武士道シックスティーン』で出会ったばかりのころの二人のやりとりは、正面に向かい合っているにもかかわらずお互いがよく見えず、理解もできず、まるで面をつけて向かい合う剣道そのもののようです。
読みながら自分のこの作品への「好き」は『彼氏彼女の事情』へのそれに近いなぁと思いました。僕がカレカノを好きな理由はつまるところ、思春期の正の側面の全てが描かれているように感じるからなわけですが。自分と異質な、しかし対等な人間と真っ正面にぶつかり合うこと。ぶつかり合いながら青春時代を通り過ぎてみると、確かに地続きなのに以前とは明らかに違う自分になっている不思議な感覚。それがこの二冊でもカレカノでも、非常に上手に表現されているような気がします。
防具の臭さを感じさせない、初夏から盛夏の空気を感じさせる良質の作品です。超オススメ。

武士道セブンティーン 武士道セブンティーン
(2008/07)
誉田 哲也

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武士道シックスティーン 武士道シックスティーン
(2007/07)
誉田 哲也

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彼氏彼女の事情 (1) (花とゆめCOMICS) 彼氏彼女の事情 (1) (花とゆめCOMICS)
(1996/06)
津田 雅美

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『あなたの苦手な彼女について』著:橋本治

「男からすれば、自分が性的な興味を抱くような女しか目に映らないのさ」みたいなあおり文句から、最初「男女平等」と「好きな女性の取り扱い方」に見られるような、男女関係のダブルスタンダードというかそういったものを指摘するのかなと思ったのですが、まぁそれにとどまらなかったという本でした。
女性の社会参加についての指摘など、現代特有にみえる様々な社会現象も、戦後の時代の流れの中でとらえると必然的に生じた現象であるように解釈できるというのが、毎度の事ながらこの手の新書らしくて面白かったですね。
一つのテーマに絞るのでなく、主に女性の社会参加的なことについて著者の雑感をつらつらと書いているので、個人的には新書というよりもエッセイと言った印象を受けました。悪く言うと、議論の焦点が定まっていない印象を受けて、かつ文章が冗長。

あなたの苦手な彼女について (ちくま新書) あなたの苦手な彼女について (ちくま新書)
(2008/12/10)
橋本 治

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『俺の妹がこんなに可愛いわけがない(2)』

ある意味きわめてリアルで、かつ限りなくフィクションである妹がでてくるシリーズ。今回はオタクを扱う作品では避けて通れないアレの話です。
一応気を使ったつもりですが、うまくネタバレ回避できている自信ががないんで未読の方はご注意を。
この作品の売りとして、フィクションなんだけどリアルなディテールがあると思っていて、それが前回は妹の桐乃と兄貴の京介の関係だったわけですね。じゃあ今回は何かというとオタクが背負ってる原罪というか、世間との関係って奴です。
そりゃあね、成人向け云々ってので肩身が狭いのは事実なんだけど、でも大抵のオタクは誰に迷惑をかけるでもなく、ただ余暇時間を自分の好きなことに当てているだけなんですよね。自分で作品を楽しむ、あるいは気の合うオタク友達と楽しむってだけならすごく楽しい、それこそオタクで良かった、この世は天国なんではないかという陶酔感ってこの人種をやってるなら少なからず経験があるんではないかと思います。
ただね、娑婆との関係ではそう簡単にはいきません。具体的に言うと一般人の友達だったり、年取ってから目覚めたのなら昔のクラスメイトとか、職場とか。M事件とかのせいか、日本の世間はオタクに厳しくて、実際はマシになってきていても、娑婆で自分がオタクだと認知されることには非常に抵抗感があると思うのです。嫌われるんじゃないかとかさ。いざそうなったときにオタクやめるのか、世間から逃げるのか、隠れるのか、開き直るのか、オタクとして生きるということを決意した瞬間から向き合わなきゃいけない問題なんではないかと思います。オタクって、割とお手軽にハッピーになれる分、人生の難易度は高くなる気がします。
さて閑話休題、今回は桐乃がその問題と戦います。そして兄貴の京介はそのために体を張ります。えぇ、兄貴ですからね。すごくテンプレートで上手く行き過ぎなんだけど、逃げない桐乃はカッコイイし、京介もすごく兄貴です。
でも京介が妹のために全力で体を張れるのは、幼なじみの麻奈実との絶対にお互いを裏切らないっていう信頼関係があるからだったりすると思うので、この作品で一番すごいのはきっと彼女なんだろうな。
もうちょっと読みどころがあったりするんですが、こんな感じで。
次回がどんな感じになるのか楽しみです。

俺の妹がこんなに可愛いわけがない〈2〉 (電撃文庫) 俺の妹がこんなに可愛いわけがない〈2〉 (電撃文庫)
(2008/12/05)
伏見 つかさ

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『アートのための数学』

買ったのは夏コミで上京したときだったので、読み終わるまでに結構かかってしまった。読み出したらすぐだったのに。
アートというか、人間の感覚に訴えるものをつくる仕事をしている人たちに対して、その感覚の源泉にある自然現象や理論を簡単に説明しますよという本。
読者は別にアート系の学生に限った話ではなくて、高校ではやらなかったけど、物理を勉強してみようかなぁという人にはいい入門書なんではないかと思います。物理を避ける人の心性として、とにかく数式アレルギーみたいなのがあると思うので、イラストや写真をふんだんに使って感覚に訴えるように作られている本書は有効でしょう。個人的に物理を学ぶ楽しみの一つであろうと思っている、「自分の感覚に説明が付く瞬間」が味わえるのではないでしょうか。
一応理系の端くれで、高校大学と物理をやりましたが、一度も習ったことのない色彩やカメラの話があったので楽しめました。
教養として知らなければならない程度というのはよく分かりませんが、心に引っかかりを作るきっかけとして良い教養書なのではないかと思います。

アートのための数学 アートのための数学
(2008/05)
牟田 淳

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