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『女神搭載スマートフォンであなたの生活が劇的に変わる!』著:浅生楽 挿画:垂井ひろし

いわゆるFラン大学の学生海江田悠里はいかにもなグータラ学生生活を送っていたら留年してしまった。そんな彼のスマートフォンに顕現したのは、ローマ神話の運命の女神様フォルトゥーナ。彼女は主人公に人生逆転の必勝法を授ける…。

表紙がはなはだ地味で、表紙の紙も実用書っぽく、ライフハック本かビジネス本のごとしですが、意図的なものだそうです。実際のところ、人生逆転の必勝法というものも、ルーチンワークをいかに同時にこなすかとか、一つの行動でいかに複数の経験値や、他人からの信頼を得るかなど、ライトノベルというメディアとは思えない地味なものばかり。とはいえそれだけ地に足がついているということですから、やろうと思えば読者にも実行できそうなものばかり、このように物語としての面白さに加えて、ビジネス書としての性格を持ち合わせている本書の特徴でしょう。チャーチルやカエサル、織田信長など、フォルトゥーナが出会ってきた過去の偉人たちの明言やエピソードがちりばめられているわけですが、確かに彼らにも英雄譚に語られないような日常や雑事があったはずで、時代の違いこそあれ悩んだり退屈したりしながら運命に立ち向かったのだろうなぁという想像が湧いたりしました。

正直、紹介されている人生逆転メソッド、試してみたくなります。まさに本書が作中の女神搭載スマートフォンであるかのごとくです。とりあえず三位一体家事(朝、風呂を沸かしているうちに洗濯機を回し、掃除をすること、面倒なことの先に風呂という報酬を用意し、朝から風呂に入ることで体温上昇を促し、風呂上がりに洗濯物干しでベランダに出て涼を取る一石三鳥の方法、ついでに入浴中に顔や頭も洗ってしまう)は、大変快適でした。まんまと作者の意図にはまってしまっていますね。

人生は麻雀のごとく、配られた牌で勝負するしかないが、自分の意思や努力で、少しずつでも良い役を作ることはできる。といったような作中の言葉がありますが、人生一発逆転などなくて、何かが変わるとしてもそれにはそれなりの積み上げがあったりするんですよねぇ。本当、そうだと思います。

『犬と魔法のファンタジー』 著:田中ロミオ 挿画:えびら

ファンタジーという書名ではありますが、物語世界の由来がいわゆる剣と魔法のファンタジー世界であるだけで、普通に現代の日本のように情報技術や大量輸送の技術が発達していて、地上からフロンティアはほぼ消失し、平和な時代が長く続いている、そんな世界が舞台の話です。そして、本作のテーマはズバリ「就職活動」です。ちなみに本作のタイトル、「けんとまほうのふぁんたじー」ですが、「いぬとまほうのふぁんたじー」だと思っていました。この記事を書くときに改めて気づきました。

この世界の高等教育機関である大学、要するに現代日本の大学とほとんど変わらないものと想像して良さそうです、の3年生である「チタン・骨砕」は身長2メートルで、体も頑丈、腕っ節も強く、200年前なら英雄になれたであろう逸材ですが、不器用で世の中の流れに上手く乗れず、就職活動にも苦戦中。というか、どうにも世の中の茶番めいた就職活動になじめない(この辺はまんま現代日本の就職活動の戯画です)彼の明日はどっちだ?というのが言ってしまえば本作のすべてです。彼は「冒険組合」というサークルに所属しており、1年生の頃の冒険旅行で友誼を交わした悪友ルターとロエル、同様に冒険旅行に参加したが折り合いが悪くなってしまったサークルの姫的な八方美人のヨミカ(カバーガールですね)、冒険旅行で見つけてきた犬シロがおり、他に「意識高い系(決して言動に才能が伴っているガチ勢ではない)」男子学生のイディア、サークルの先輩で日雇いの仕事をしつつ、本職は冒険者というケントマといった登場人物がいます。

本作は結局、「自分らしさとは何か?」ということがテーマのような気がします。まぁ多くの青春小説で、主人公たちは往々にしてアイデンティティの揺らぎに苦しむわけですが、まぁ高校生くらいまでのそれが自己肯定感をいかに獲得するのかという問題で終わるのに対して、本作の登場人物たちは、就職活動(寿命の異なる種族が一緒に暮らしている世界ですので、その辺の模様は色々ですが)という場において、自分のあり方と社会の都合をいかにすりあわせるのかというより難しい問題に立ち向かわなくてはならなくなったりします。やや変則的な形ではありましたが、一応自分も通過してきた道であり、主人公の苦しみには大いに共感するものがありました。

灼熱の小早川さん』でも、『AURA 〜魔竜院光牙最後の戦い〜』でも、田中ロミオさんは常に、大勢になじめない側の人間を主人公に据えるんだよなぁと思っていたり。それを突き詰めると『クロス†チャンネル』みたいになるのかもしれませんが。氏の作風なんでしょうねぇ。私はとても好きです。

 

 

『遙か凍土のカナン5 この国のかたち』著:芝村裕吏 挿画:しずまよしのり

本ブログで定期的に紹介しているノンフィクションファンタジー?の第5巻です。

いよいよ国の場所が決まり、基本的に国民集めの本巻。しかし、ヒロインのオレーナの様子がどうもおかしい…という話。この話、最初にクロパトキン将軍が出てきたので、確かに実在の人物が登場する余地はあったわけですけど、本巻の最初と最後に出てきた人物については思わず「え!?」っと思ってしまいました。本来ならクロパトキンが出てきた時点でニヤリとするべきなんでしょうが、それは私が物を知らないだけですね。

良造たちはそれぞれ数百キロから数千キロの距離を行ったり来たりです。最初のうちは馬やらなんやらでゆっくり動いていたわけですが、バイクやら鉄道やら車やらを使ってすごいスピードで東奔西走します。物語が加速するのにつれて、登場人物の移動速度も加速しているのはやっぱり意図的に構成されているんでしょうか?

マージナル・オペレーションの世界と地続きであることは、以前の巻で明言されていたのか記憶が定かではないですが、現実世界ときわめて近い世界でありつつ、かつオリジナルの登場人物が世界に挿入されていて、実在した人たちが彼ら彼女らと関係することにより現実世界にもいる人たちの振るまいが少し変わっていってその結果、現代に近いマジオペの世界も現実に近いようでちょっと違う、という理屈になっているみたいですね。最初に書いたノンフィクションファンタジーとでも言うべきでしょうか?

まぁなんというか、良造とオレーナの新婚生活も描かれているわけですが、お互いに足りない部分を補い合っていて良い夫婦ですね。2人の文化的な齟齬も徐々に調停されつつあるのが見ていてほほえましい。オレーナの「機嫌悪いの?おっぱい見る?」的な振る舞いにはちょっとニヤッとしてしまいました。
新婚ほやほやの時にそんなこと嫁さんから言われたら、男は機嫌直さざるをえんでしょうね。

終盤で物語は急転直下、さてどうなるやらという話ですが、次巻は半年後だそうで。先は長いのか短いのか。なんにしろあと2巻で完結だそうです。

関連作品についてのレビュー・感想は以下のリンクからどうぞ

タグ:芝村裕吏

『アリス・エクス・マキナ 1〜3』著:伊吹契 挿画:大槍葦人

人類は未だかつて、人の手によって人の代替になり得る知性と人格を創造したことはないわけですが、それを作ることは多くのフィクションでテーマとなっています。多くの作品において、それを容れる器、要するに人間型のロボットですが、それらの見た目は美しいと相場が決まっています。まぁそうですよね。わざわざ作るなら美しい方がいいでしょう。

ということで、本作『アリス・エクス・マキナ』もその系譜に連なる一作です。著者伊吹契さんのデビュー作だそうで、それにもかかわらずなんとあの大槍葦人氏が挿画を担当。すごいですねぇ。「アリス」、「美少女アンドロイド」ときて挿絵を頼むならこの人を置いて他にはありますまい。

さて、本作に登場する美少女アンドロイドはアリスと呼ばれるわけですが、主人公(朝倉冬治:あさくらとうじ)はアリスの人格プログラムをクライアント好みに調整する「調律師」という仕事を生業にしているプログラマです。孤児院育ちの彼には実は子どもの頃に生き別れになった美しい幼なじみ(永峰あきら)がいるのですが、ある日、彼の工房にその彼女そっくりなアリス(ロザ)が人格プログラムの調整を依頼しに来ます。その依頼の内容は「あなた(冬治)の好きなように調整して下さい」というもの。この不可解な依頼から物語は始まります。

この作品のテーマは「優しい嘘」なのかなぁと思います。基本的に大切な誰かの代替物として主人の下に来るアリスの存在そのものが、「優しい嘘」ですしね。まぁその辺は是非最後まで読んでいただくとして。個人的には嫌いではない結末でした。

レーベルが大人向け?の星海社フィクションズ、著者もしっかり社会人経験ありということで、社会が描かれているのが印象的な作品でした。社会人として働いて生活を維持すること、性欲解消の道具として売春宿で使われるアリスたち、などなど。高額(1000万円台、ただし必要なのは潤滑剤や冷却材、燃料?などとして使われるオイルくらいなので、ランニングコストは人ほどかからない)アリスを手に入れるためになんとかお金を工面する様とか結構リアル。値段の設定が、現代日本における子どもの養育費と桁が合っているのは、「人間の代わり」という作中での取り扱いを象徴しているようです。

人工の、知性と人格を備えた存在、というテーマを扱った作品として、きちんと考えられた一作です。

  

『マージナル・オペレーション F2』 著:芝村裕吏 挿画:しずまよしのり

本編の後日譚に属する短編を集めた短編集です。以前、星海社のネットラジオで読者から色々とリクエストが来ていたのを覚えていますが、それへのアンサーなんだなと読んでおりました。前巻Fと同様に各話毎に手短な感想を書きます。

##第1話 私のトリさん
主人公は子どもたちの1人、サキ(確か日本人とタイ人のハーフという設定だったはず)、彼女が東京の高校に通い始めた後の、ある日の出来事を描いたエピソード。彼女がどうやってアラタの元に来たのかもちょっとだけ語られ(スモーキーマウンテン出身という設定や病弱だったという設定がより具体的に語られる)、本作を通じてサキというキャラクターに厚みが出ます。本筋とは外れますが、日本や東京が異様に時間にうるさい、それを誇らしく思っているのがおかしい、というカルチャーギャップは結構面白いなぁと。日本人に限らず西洋人ですら、産業革命以前はそう言う感覚だったらしいですし、言われてみると確かにそうかもしれません。

##第2話 新しい首輪
シリーズの主人公アラタに関わった順で言うと、メインヒロインのジブリールより早いホリーさんの話。ジブリールとアラタを奪い合う女の戦いと、ただれているようで、まったく健全なアラタとホリーの会話劇が主題なのかな。表だってキャットファイトするわけではないので、冷戦みたいなもの、周囲が大変な思いをしているのが少し笑えます。明確に書かれているわけではないですが、仕事の話に集中して、周りのことが分からなくなっているアラタって本当にかっこいいんでしょうね。それこそ対局中の棋士みたいな感じで。

##第3話 若きイヌワシの悩み
アラタに最初からついてきていた子どもたちのうち、彼に比較的近い位置で物を見ているイブンの話。傭兵をやめた後にどうするのかという話で、多分第1話のサキの話の前日譚になるのだろうと思います。イスラム圏の人の職業観が垣間見えて面白いエピソードでした。職人に弟子入りしてオンザジョブで仕事を覚える江戸時代以前の日本に近い職業観なのかな?近代化されていない地域の出身だから、学校というものはイスラムの神学校しかない、ということみたいです。

##第4話 子供使いの失踪
アラタ一行が徳島で開催されているイベント「マチアソビ」に来て、その上で騒動に巻き込まれるという話。失踪という言葉の通り、アラタがいなくなって部隊が非常に混乱します。著者の芝村さんの、おそらくは知己の人々がキャラクターとして出てくるのと、氏の他の著作からキャラクターやメカが登場します。が、それらを僕は読んでいないので、胸が躍ると言うことはありませんでした。そう言う意味でもコアなファン向けのファンサービスみたいなものかと思います。

各エピソードの後に色々とさらに短いサブエピソードが挿入されて、その中にはなかなかドキッとする物もありました。それは読んでのお楽しみとしておきましょうか。

『ロード・エルメロイII世の事件簿 1 case. 剥離城アドラ』著:三田誠、挿画:坂本みねぢ

まさかのまさか、あの『Fate/Zero』の正ヒロインともいわれるウェイバー・ベルベッド、長じてロード・エルメロイII世が再びFate/Stay Night直系の世界に返ってきた!ということで、同人誌小説レーベルType-Moon Books『ロード・エルメロイII世の事件簿』、その第1巻について感想を書きたいと思います。以下、Type-Moon世界の設定について特に断りもなく使っています。ご容赦ください。

魔術刻印(この世界で魔術を使うための魔術回路と呼ばれるものを移植可能な形にした人工臓器のようなもので、魔術師の家系に代々継承されるもの)の修復士として名高い魔術師、ゲリュオン・アッシュボーンが亡くなった。亡くなる前に彼は、知己の魔術師に自らの居城、剥離城アドラへの招待状を送っていた。城に集まった魔術師は7人(従者含まず)。天使で埋め尽くされたアドラの謎を解いた者に自らの遺産を継承させると言い残したアッシュボーン氏。詳細は不明なまま、彼の遺産を巡って事件は起きる…。

本シリーズはロード・エルメロイII世が魔術師にまつわる?事件を解決するというもののようです。事件簿を称するだけあり本作は推理物を基調とする物語のようでした。ミステリーはあまり読まないし、謎解きをしながら読むタイプでもないのですが、いろいろヒントはちりばめられていたのかなと思いました。しかし、犯人の動機を推し量るのには、かなり想像力の飛躍が必要そうです。多分ミステリーだと思わず読んだ方が良いと思います。ちなみに彼の直弟子として、表紙にも出ている「グレイ」という女の子が出てくるのですが、その子の正体も謎の一つかもしれません。

個人的な見解ではありますが、本作は群像劇である『Fate/Zero』をウェイバーの物語として読むなら正しくZeroの続編であり、『Fate/Stay Night』の直系に連なる物語ですので、それらが好きな人は読んで損はないと思います。Type-Moon世界の魔術関係の話、設定が好きで『魔法使いの夜』を楽しんだ人にも、妄想や考察の材料を追加してくれる一作だと思います。オススメです。

ちなみに、同人誌ですので普通の本屋には売っておらず、「とらのあな」とか「メロンブックス」とか「アニメイト」とか、いわゆる「オタク向け」の専門書店で買うことができます。この記事の投稿時点では在庫切れで中古価格が高騰していますが、通常の同人誌とは違ってほぼ確実に再版されますので、特に初版などにこだわりがなければ、ちょっと待ってから買うことをオススメします。毎年冬のコミケに合わせて出すとのことなので、そのときには必ず再版されますから…。

公式サイト

以下はネタバレで書きたいことを書きます。
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『遙か凍土のカナン 4 未だ見ぬ楽土』 著:芝村裕吏,挿画:しずまよしのり

前巻までで寄り道は終わり、本巻から本来の目的である建国事業が始まります。
中央アジアを越え、クロパトキン将軍がいるプスコフにたどり着いた良造一行。そこから妻(←ここ重要)オレーナの養父~のいるサンクトペテルブルグにて「挨拶」を済ませた一行は、シベリア鉄道に乗り、国作りのための場所探しに向かいます。そこで出会うのは、国作りのパートナーとなる新たな「男」と出会い、ついに建国事業が始まるか?というところで本巻は終わります。上にここ重要、と書いたように良造とオレーナは結婚しています。以前のようにオレーナの求愛を躱し、いなすのではなく、距離が着実に縮まっているのがよく分かります。良造一行のメンバーであるコサックのパウローとユダヤ人のグレンが辟易しているように、口から佐藤でも吐きそうなイチャイチャは引き続き本作の見所の1つでしょう。

作者の言及の通り、「馬」の物語だそうですが、本作ではそれを象徴する出来事が起こります。このことは本巻の表紙を見れば一目瞭然。良造とオレーナの2人が馬(富士号)ではなくオートバイに乗っています。しかもハーレーダビッドソン、1900年代初頭にサンクトペテルブルグで買えるもんなんでしょうかね?本書がフィクションたるゆえん?まぁとにかく、このオートバイとの出会いに至る過程は何とも言えません。ええ。

前巻に対して、旅をしたくなると感想を書きましたが、本作の魅力は作品の内容もさることながら、入念な資料収集に裏付けられた現実への足つきでしょう。歴史の本を読んでみたくなるような、現地に行ってみたくなるような、いろいろな、恐らくは史実のディテールに満ちあふれています。本巻では、上でも言及していますが、やはりオートバイと馬の関係。オートバイを鉄馬と呼ぶことがありますが、自転車とオートバイ、というか二輪車という機械の母は、要するに馬なのだなということがよく分かります、ペダルは鐙で、ハンドルは手綱、鞍はその名の通りサドル。乗馬という風習があったからこそ、人間は二輪車という機械を思いついたのではないかと思わされます。リスクが周知されても乗りたがる人がいるのは、ある意味人間の本能なのかもしれません。あとは、良造、というか日本人の宗教観、倫理観というものが、諸外国、特に一神教の国からするといかに異常であるのかという異文化交流の側面も、前巻に引き続いて面白いなと思った点です。

ということで、本格的な建国編は次巻以降に持ち越し、いろいろな人種、宗教の人が寄り集まって、シベリアにどんな「カナン」が築かれるのか?そして、20世紀前半は戦争の時代ということで、良造とオレーナたちの運命やいかに、ということで続きます。さて、次はいつ読めるだろうか?

 

 

『ピクシー・ワークス』著:南井大介 挿画:バーニア600

Togetterで#少年向けレーベルから出てて女子が主人公のラノベで好きなやつ まとめというものがありまして、そこで取り上げられていてうれしかったので筆を取った次第です。

ということで、2009年初版電撃文庫より発行、この記事が書かれた時点からすると5年前になりますか、のライトノベル『ピクシー・ワークス』です。女子学生、特に女子中高生が部活でわいわいやるという作品ですが、その部活の内容が「壊れた戦闘機を直して飛ばして経済的テロをやる」という物騒きわまりない作品であります。まぁ、鳥人間コンテストの延長みたいなもんです、機関砲やミサイルを撃つわけでもないし。

個人的にはライトノベルには超科学部ものみたいなものがあると思っているのですが、その作品にはエンジニアキャラというか科学者キャラというか、異様に科学技術に詳しいキャラクターというのが出てきます。本作では、主要5人(男1、女4)のうち実に3人がエンジニアキャラという変わったバランスになっております。性格もなかなか癖があり、かつ戦闘機の整備ができる高校生って何だよ、という感じですが、突っ込むのは野暮というものです。これはライトノベルなのですから…。

作中で言及されていますが、神林長平の名作『戦闘妖精雪風』をリスペクトしており、戦闘機には自我を持った人工知能が搭載されています。その人工知能「ヴァルトローテ」とのやりとりも本作の魅力の1つでしょう。前半はヴァルトローテとやりとりしつつ戦闘機の修理、後半は手に汗握る空戦描写(ひたすら逃げるだけ)。メカ、女の子、戦い、男の子向けエンタテインメントの王道です。

第三次世界大戦的な戦争の後という作品世界の広げ方もさることながら、作中にちりばめられたガジェットも個人的には魅力的で、エタノール燃料で走るビッグスクーター(多分モチーフはAKIRAの金田のバイク)、主人公が腕に巻いているIWCスピットファイヤMk-XVI、有機ELのディスプレイなど、男心をくすぐります。

最近だとRAIL WARSの挿画で有名なバーニア600さんが挿絵を飾り、メカと夏のまぶしい日差しが彩る挿絵は本作の雰囲気を高め、やっていることが有り体に言ってテロ行為であるという点を隠蔽し、さわやかな夏の思い出感を演出しています。大作、人気作に比べてパンチは弱めですが、メカ好きなら楽しめること請け合い。いかがでしょうか?1巻で終わるし、新刊を手に入れることは多分無理ですけど、中古で、そこそこ流通量あるみたいですし。

『女騎士さん、ジャスコ行こうよ』 著:伊藤ヒロ 挿画:霜月えいと

編集部が株式会社イオンに許諾を取ったとか取らないとかということで発売前に話題になった一作。無事許諾されたそうですが、結局使い切っていないようです……。作者は存じ上げませんが、挿絵は無駄に気合いの入ったハエの交尾絵を描いた霜月えいとさん。

具体的には、県境で辺境中の辺境という町(村?)に西洋ファンタジー世界風の異世界から女騎士とお姫様が亡命してきて、それをきっかけに騒動が起きるという作品。タイトルからお察しの通り、ギャグ作品です。それもハイコンテキストな。ここ何年かのネット界、オタク界の事情を追いかけてこなければさっぱり事情が分からないんじゃないだろうか?1000年とか100年後の人は、僕たちがいろいろな資料を読まないと古典をちゃんと理解できないのと同じく、様々な参考資料を漁らないと本作を読むことはできないのではないかと思わせます。なにせ本作の女騎士は、ファンタジー世界の人物からするといわばメタ的に、守護対象の貴人を人質に陵辱されるというお約束を知っており、それがたびたびネタにされますからねぇ…。現代のオタクはそれを半ば常識として知っていますが、100年後の研究者がそれを理解するためには、鳥山明デザインのスケベな衣装の女戦士(詳しくないのでこれがオリジナルなのかは知りませんが、どなたか詳しい方、教えてください)や、そこから派生する成人向けパソコンゲーム史をひもとかないといけないわけですからね…。

どうも本作の現実(に近い、主人公たちが生活する)世界は異世界との交流がそれなりにあるらしく、お姫様のポー姫が日本通(オタク外国人的な意味で)いわゆる都会的な生活がしたいにもかかわらずこの世界で市民権が得られるのは亡命先の平家町だけ。インターネットはADSLはおろか、ISDNすらなく、おそらくは2010年代なのであろう作中世界においても深夜にテレホーダイ(懐かしいですねぇ)を使わなければならないという…。それで不満を募らせたポー姫は…。

本作の見所は無駄に気合いの入った田舎あるあるネタ(大型ショッピングセンター、いわゆるジャスコネタ含む)と、舞台である平家町の、結構異世界から亡命者がやってきてそれが町民と普通に暮らしているという設定でしょうか?何せタコ型宇宙人に某ラブクラフト的な異形の怪物までいますからね。後者に至っては、主人公の通う高校の生徒をやっていて、普通に美人のクラスメイト的な扱いを受けているという。誰も違和感を持っていないんですが、まぁ分かってやっている「突っ込んじゃいけないネタ」というやつでしょう。ヨソ者にうるさいはずの田舎町なのに、知性はあっても人間ではない存在まで許容している平家町という舞台が不思議でしょうがありません。主人公たち以外、普通のおじいちゃんおばあちゃんですからね?

ヨソ者と田舎、変化を許容するのか、許容しないのか?というところは意外と考えるところがあるなぁと思ったりしました。案外考えさせられる……いややっぱり本作は、頭を空っぽにしてノリを楽しむ作品なのでしょう。ということで1000年後にまで残れば、きっと未来の日本文化研究者を混乱の渦に巻き込むこと必至の作品、いかがでしょうか?

『魔女は月いずるところに眠る(上中下)』 著:佐藤ケイ 挿画:文倉十

電撃文庫初期の長編シリーズの1つだった『天国に涙はいらない』という作品の著者、佐藤ケイさん。民俗学や宗教学などに造詣が深く、地に足のついたファンタジーを書く作家さんで、友人がファンだったのもあり、僕自身も作品をよく読ませてもらっています。まぁ、悪く言えば理屈っぽく、ライトノベルの主要読者層であろう中高生に広く受けるという感じではなかろうなぁという印象を受けます。まぁ中高生の友人がいないので、何ともいえませんが…。広げた風呂敷を手堅くたたむ小説家としての力量は、さすがといわざるを得ません。挿絵は『狼と香辛料』の挿絵をしていた文倉十さん。魔女の、少しクラシックな衣装はお手の物ですね。

魔女残酷物語…というと、2010年代アニメの傑作の1つであろう『魔法少女 まどか☆マギカ』が思い浮かびます…が、魔法少女というテーマを脚本家の持つ世の中感で解釈してリビルドした結果陰惨になっているのがまどマギだとすると、これはそもそも「魔女」とか「黒魔術」みたいな物が持っている陰惨さをそもそもベースにしているという感じがしました。非常に無理矢理な解釈かもしれないですが。力を振るえば力に食われるという発想はCLAYMOREなんかもそうですね。

本作には、様々な能力を持った魔女が出てきますが、本作における究極の力は、「他人を理解して、他人に寄り添う力」でした。というか、本作のテーマは終始それだったのではないかと思います。「神だけがいない」という本作中の言葉にあるように、自分ではどうにもならない出来事、というかぶっちゃけ大小様々な不幸が降りかかり、思いやりが届かなかったり、素直に引き継がれなかったりして生じたすれ違いこそが、2000年にわたる魔女の因縁であり、最終的に主人公に収束します。ことの顛末がどうなるかは、本作を是非とも読んでいただきたいところです。

個人的には、本作の悪役の一人が、世の中を好きになれるかどうかと、罪を犯すかどうかの関係を語るところが非常に印象に残っています(第三巻の一幕です)。いわゆる「無敵の人(失うものがないがゆえに世の中や他人に非道なことが平気でできてしまう人)」ってこういうことなのかとふと考えてしまう一節でした。