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『もしもし、てるみです。』著:水沢悦子

インターネット、SNSに疲れた社会に一服の清涼剤。アナクロな外観をした「もしメカ」という携帯電話を販売する「もしもし堂」という会社の「てるみさん」と周りの人々の群像劇。もしメカからは女性のオペレーターが徹底的に話し相手になってくれるサポートセンターにかけることができます。一応鈴太郎という男の子がてるみさんに片思いする、という筋もあるんですが、そっちは全然進まないんですよね。

歌が上手いけれど、「生放送」したら見た目を叩かれて傷ついた女の子とか、自分用にえっちな自撮りを撮っている女の子に「若くて綺麗な体を写真に撮っておきたかった」と声をかける祖母とか、自分で作ったプラモデルを友達に見せたら、「もっとすごい作品がインターネットで見えるよ」とマウンティングしてくる小学生とか、作中で起こる出来事は現実の戯画で、「あぁー」と思うこと請け合いです。(女の子の自撮りはよく分からんが)。

元々青年向けマンガを書いていた作家さんなので、話自体は牧歌的なのに、ちょくちょくきわどい描写が入り、性が常に隣にあるような不思議な感じ。苦手な人は苦手なのかもしれないが、個人的には嫌いではないです。

普段SNSで承認欲求の充足に必死になっている人も、それを横から眺めている人も、癒やされること請け合いの時宜を得た一作です。

 

『沈黙』著:遠藤周作

比較的宗教に寛容だといわれ、イスラエルや中東で繰り広げられている宗教を巡る争いや暴力に無縁と思われがちな日本ですが、かつては苛烈な宗教弾圧を行っていました。歴史の教科書では「隠れキリシタン」とか「踏み絵」とか呼ばれるトピックで取り扱われる江戸幕府のキリスト教弾圧です。本作はこれに題材を取った作品で、日本のキリスト教文学の白眉だそうです。最近外国の監督が映画にしていました。

テーマは「神の沈黙」、ストーリーは一本筋で、主人公である宣教師が、江戸時代の長崎で拷問に耐えかねて棄教するまでが描かれます。貧困、不潔、飢え、悪臭、痛み、梅雨の不快な湿度といった情景の描写が巧みで、とかく主人公が置かれる過酷な環境がこれでもかと描かれます。私はキリスト教徒ではないので、彼らの神に対する考え方は断片的にしか分かりませんが、信仰、良心と現実の厳しさの間で揺れ動く主人公の心情が身に迫りました。対して弾圧を行う日本人の役人達は血も涙もない人間として描かれ、命の価値が現代とは違うとはいえ、よくもまぁ他人に対してここまで冷酷になれるものだと思わされます。いやはや、すごい作品です。

もう一人の重要な登場人物はキチジローという日本人です。彼はキリスト教徒ではあるのですが、暴力に即座に屈して踏み絵をしてしまうような「弱い人間」です。そんな彼も、おそらくはキリスト教に対して追い風が吹いていた時代ならば敬虔な信者として生涯を送れたであろうに、向かい風が吹く作中の時代には酒に逃げるわ主人公を売るわで、一言で言うなれば「人間のクズ」。キリストの教えとそれを奉じる主人公は彼をも許しうるのか、というのも作品の柱です。

本作はキリスト教をテーマにしていますが、置かれた状況と本人の選択(それすら少しの手違いで違った物になっていたかもしれない)の結果そうなってしまった「醜く、貧しく、卑屈で、怠惰で……etcおおよそ付き合いたいとは思わないような人々」にいかに手をさしのべるのか、というのは僕らにも突きつけられる問題だよなぁと思います(自分がそちら側に回るかもしれないということを含めて。)

キリスト教に限らず人間社会の普遍のテーマを、巧みな文章と説得力のあるストーリーで編み上げた名作、現代にこそ読まれるべき一冊でしょう。

 

『Landreaall (30)』著:おがきちか

前巻が「アブセント・プリンセス編」の後片付け編でしたが、本巻で本作にずーっと通底していた「革命」の清算が終わります。

DXとメイアンディアはお互いの気持ちを確かめあう。新しい王様としてファラオン卿が立ち元号が変わる。そして、新王の傍らにはもちろん王妃のメイアンディアがいるが、DXは一人ウルファネアへ。

3巻の時のように物語は大きく一区切り(DXの恋にも一区切り着いたし、アトルニア王国にとっても「革命」との関係性が大きく変わる)。次の展開がどうなるのか、現段階では見当がつきません。とはいえDXは一段階強くなったようだし、メイアンディアの立場についても、DXが思っている物とはちょっと違うようです。アトルニア王国の外か、中か、どこかは分かりませんが、またDXはトラブルに巻き込まれるんでしょう。次は半年後、楽しみです。

特装版にはDXの父母のリゲインとファレルのエピソードが、『淑女の剣帯』という結婚直後の話も素晴らしかったんですが、今回も面白いです。なんだかんだ、救国の英雄が庶民の女性と結婚したということが気にくわない人たちがアトルニアにいて、彼らの仲を引き裂こうとあの手この手で籠絡しようとするわけですが、さてどうなってしまうんでしょうか?という話。特装版の表紙はアンちゃんなんですけど、通常版の表紙はDXとディア、正直あっちの方がいい、というか正直素晴らしすぎるんですよねぇ。本巻のハイライトだし。卑怯だぞ一迅社!

そもそものお話の説明はこちら。

29巻までの流れはこちら。

 

 

『1518! 4』著:相田裕

今巻もすごく良かったです。というか、3巻あたりから本当に面白くなってきました。今巻は元になった同人誌版で言うと~冊目の「チェンジ・オブ・ペース」が中心になっていて、烏谷と会長弟の対決のエピソードがハイライトです。正直に言って、そこ至るまでの登場人物の配置、エピソードの積み上げ方が見事というほかありません。本作品は、物語の骨格として同人誌版があって、ある意味その骨組みに対してどういう肉付けが為されたのかということを比較して読むことができるという私にとっては極めてレアな作品なんですが、本作の肉付けは大変良質。登場人物が増えて、学校や人物のディテールが細やかになったことで作品のテーマが深まり、叙情的にも大変素晴らしい。

烏谷の、会長の、そして弟の野球への向きあい方、それが変わるのがまさに「チェンジ・オブ・ペース」で、烏谷が身を以て教える投球の駆け引きとダブルミーニングになっているんだと思います。他人からあこがれられるような在り方でなくなっても、自分が楽しんでいれば、納得していれば、一生懸命になっていればそれで良いのだ、そこに貴賤優劣はないのだ、「諦めたことから始まる物語」という帯のキャッチフレーズに偽りなしです。

どんなに栄華を極めた名選手も、いつか衰えて、あるいは不幸な出来事を原因として、第一線を退く時が来る。元いた道がキラキラしているほど、そこを降りたときの身の処し方が難しいのは、薬物依存になってしまった清原和博さん、自ら命を絶ってしまった伊良部秀輝さんを筆頭として様々なスポーツ選手のセカンドキャリアを見れば分かります(あと、会社を退職してから抜け殻のようになったり、他人に当たり散らすおじいさん達を見ていても……)。彼らほど落差が大きくなくても、いつかかつての道を降りなくてはならなくなるときのことを、我々は考えなくておかなくてはならないのだと思います。現実はフィクションほど優しくないかもしれない、それでも挫折したあなたに、諦めたあなたに、違えた道の先にも楽しいことがあるかもしれない、そんな風に思わせられる作品です。

『メイドインアビス 1〜6』著:つくしあきひと

正体不明の大穴アビスに挑む少女リコとおそらくアビスの底から来たものと思われる人型ロボットの少年レグ。緻密な設定、湿度と生暖かさを感じる作画、『苺ましまろ』のように可愛いキャラクター、そしてある種のフェティシズムを感じる生々しく、残酷な物語。

個人的に主人公のリコが格好良すぎる。惚れたのは某キャラクターに放った以下の一言。

相手を理解した上で、それを否定する。サイコーです。苺ましまろみたいなビジュアルなのにめっちゃ賢くてカッコいい。この世の汚い部分を知っても、それでも希望を捨てないキャラクターって私大変萌えるので。

リコ以外にも、奈落の底=アビスに魅せられた一癖も二癖もある、時には我々の常識から遊離した思想を持った登場人物達。物語には、時々自分の世界の常識から遊離した世界を描くものがある。科学の知識が支える世界観、自分なりの人生経験、学校の勉強で教わった地理歴史の知識、自分の身の回りの社会システム、そういったものが形作る世界の見え方を覆したり、それが唯一の物ではないのだ、ということを教えてくれる一作。2017年8月現在アニメも放送中。作中に出てくる「リコ飯」的な珍味。ぜひどうぞ。

 

『ロード・エルメロイII世の事件簿 6 case.アトラスの契約』著:三田誠 挿画:坂本みねぢ

本作も6巻目。夏と冬のコミケで発売ですから、3年経ったのか。

今回の舞台はヒロイン?のグレイの故郷ウェールズにあるブラックモアの墓地。グレイは本作の最初からエルメロイII世の内弟子として登場しますが、2人の出会いには元々いささかの謎を孕んでいた模様。その出会いの謎を解く、というのが本作の主題。なんでグレイはあんな能力を持っているのか(一応グレイの手元では明らかになっていますが、グレイの先祖が何を意図していたのかはまだ明確にはなっていないですよね)が幾ばくかは明らかになる模様。前巻で先代の現代魔術科のロードが黒幕っぽいのでそこにどうアプローチするのかが本作のグランドオーダーなんですかね。

表紙に描かれているゲストキャラが大変懐かしい。私がType-Moon作品に出会ったのはMELTY-BLOODからだったんですよね……。ブラックモアって名前も確か月姫読本(同人誌版は持っていないですが)に載っていたんではなかったか。全体的に月姫っぽいキャラクターが出てくるエピソードっぽいです。後書きを見るに、奈須きのこさんとType-Moonも月姫Rをちゃんと作ってはいるみたいです。Fate/Grand Orderで相当稼いでいるでしょうから、きっと古参ファンも納得の出来になるのでしょう。個人的には『魔法使いの夜』の2話と3話をぜひお願いしたい。ホント楽しみにしているんで生きているうちにプレイしたいです。

FGOで間口が広がったType-Moonの世界(英語で言うとNasuverse)、多数の作品にまたがるその設定をのり付けする作品。FGOで触れたあなたも、月姫以来の古参のファンも、読んでみてはいかがでしょうか?

過去の感想はこちら

『初情事まであと1時間』著:ノッツ

セックスは多様だと言いつつ、ドラマとしては、事ここに至るまでにいかなる感情と人間関係の綾が織りなされるかということが重要でありましょう(文筆家になりたければまず官能小説を書け、と言う説もあるそうですし)。本作はタイトルの通り、2人の男女が初めてのセックスに至るまでのラスト1時間だけを切り取った作品です。男性同士、女性同士になるとそれはそれで漫画のジャンルが変わっちゃうんですかね。

シチュエーションとしては多彩。高校生同士が彼女の実家で、とか、大学生の先輩後輩が彼女の下宿で、といった割と現実に良くありそうなものから、魔王の城の中で全滅寸前のパーティ、宇宙人にアブダクションされた初対面の男女といったファンタジーの世界まで、手広く押さえてあります。本作の場合、男性が押し切る、というよりは女性もノリノリになるのが多い。個人的には大変結構かなと。

ノッツさんの絵自体はデフォルメされたもので、所謂成人向け漫画のようにダイレクトにセクシーな感じではありませんが、漫画的な記号を駆使した羞恥表現等が上手いのか、こっちまで恥ずかしくなってきます。登場人物達がその後どんな風にセックスするのか、興味はありますが、まぁ寸止めがいいんでしょう。

というわけで、エッチなモノに興味津々のあなた、経験があれば自らの身に起こったことを思い出して、経験がなければまだ見ぬ彼氏彼女、恋人じゃないけどセックスすることになった相手との初夜を想像してお楽しみいただければよろしいかと思います。

 

『人馬』著:墨佳遼

『セントールの悩み』、『黒剣のクロニカ』で、個人的にはなんとなく人馬ブームが来ています。その一環で面白いと噂の本書を手に取りました。

中国や日本の様な東アジア風の世界観の世界で、人間同士の戦争の道具として家畜のように人馬が扱われる時代。山に住む輓馬のように体格の良い「松風」と、人間に両手をもがれた駿足の人馬「小雲雀」を二軸に、自由と種の存続をかけた人馬達の戦いが描かれます。『セントールの悩み』は人馬族が家畜的な扱いを受ける時代を経て人権意識が発達し、形態差別が禁止されるようになった現代風の世の中の話ですので、独立した作品ではありますが、前日譚のように読める作品とも言えるかもしれません。

作画は勢い重視。種族としての滅亡も考えられるくらい厳しい、針のむしろのような時代に自由を求めて戦う主人公達の勢いや熱さが物語の軸ですから、作風とマッチしていると思います。

実際の人間の歴史を見ると、肌の色が違ったり、宗教が違ったりというだけで「人間」に随分ひどい扱いをしてきたという事実がありますから、本作の人馬の扱い、決して架空のこととは言えないんですよね。色々問題はありますが、全体としてみると人間社会って良くなってますよね。

2巻で第一部完結、第二部も出るかも、とのことで、今から追いかけるには最適な作品だと思います。

 

『マージナル・オペレーション改 02』著:芝村裕吏、挿画:しずまよしのり

一時期ニートをやっていて、食うに困って民間軍事会社(PMC)に入って中東で指揮官の適性に目覚め、そこで出会った少年兵初期メンバーとして傭兵稼業を始めた主人公新田良太の話。舞台は中国。語学の勉強に士官学校で軍事用ドローンの勉強。勉強だけではしょうがない。覚えたことは使わなくては意味がない。

同一世界の前日譚『遙か凍土のカナン』から登場しているコサックのパウロー(同名の人物だが、作中で100年近く時間が経っているはずなので、なんかファンタジーなギミックがないと子孫?ということになるはず)が意味不明。というか、シベリア共和国がいったいどんな意図で主人公を取り扱っているのかが全般的にサッパリ分からない。この辺が今後明らかになるのかもよく分かりません。それを言うとそもそもジニ、ジブリールも同名のキャラクターが登場しているので、どういうこと?って感じですが。やっぱり本当は怖いガンパレード・マーチ的な裏設定があるのでしょうか?

しかし、主人公どこでそんなこと勉強したの?というような立ち回り。基本的な立ち回りはPMC辺りで勉強したのと、読者の見えないところで色々と修羅場をくぐっているのでしょうが……。

マージナル・オペレーションシリーズの感想

遙か凍土のカナンの感想

『ぱらのま』著:kashmir

おそらく”Paranormal(超常、非日常)”と言う単語が名前の由来なのであろう紀行?マンガ。

にょろにょろっとした黒髪のナイスバディの残念なおねえさんが、デパ地下で買った駅弁を食べるためだけに電車に乗って富士山の方に行ってみたり、うどん食べるために寝台電車に乗って香川に行ってみたり。よく考えれば電車旅オンリーのマンガ。言われてみれば「鉄子」なのか。

とりあえず主人公は学生なのか働いているのかとか気になるのだが、まぁ本作においてそんなことはどうでも良いのかもしれない。なんとなく独り言や思考がおっさん臭い感じがして実に好みである。正直に告白すると、Twitterで下のコマの画像が流れてきて興味を持ったのだが、全編実に面白く読むことができた。

『ぱらのま』107ページより引用

Kashmir先生の作風、画風なんだろうが、日本を舞台にしているのに、妖精郷を覗いているような、そんな不思議な雰囲気のするマンガである。個人的に、こういう作風の作品は、なんとなく世界に安心感があって、その雰囲気に浸りたくて何度も読み返してしまうのだよな。