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『沈黙』著:遠藤周作

比較的宗教に寛容だといわれ、イスラエルや中東で繰り広げられている宗教を巡る争いや暴力に無縁と思われがちな日本ですが、かつては苛烈な宗教弾圧を行っていました。歴史の教科書では「隠れキリシタン」とか「踏み絵」とか呼ばれるトピックで取り扱われる江戸幕府のキリスト教弾圧です。本作はこれに題材を取った作品で、日本のキリスト教文学の白眉だそうです。最近外国の監督が映画にしていました。

テーマは「神の沈黙」、ストーリーは一本筋で、主人公である宣教師が、江戸時代の長崎で拷問に耐えかねて棄教するまでが描かれます。貧困、不潔、飢え、悪臭、痛み、梅雨の不快な湿度といった情景の描写が巧みで、とかく主人公が置かれる過酷な環境がこれでもかと描かれます。私はキリスト教徒ではないので、彼らの神に対する考え方は断片的にしか分かりませんが、信仰、良心と現実の厳しさの間で揺れ動く主人公の心情が身に迫りました。対して弾圧を行う日本人の役人達は血も涙もない人間として描かれ、命の価値が現代とは違うとはいえ、よくもまぁ他人に対してここまで冷酷になれるものだと思わされます。いやはや、すごい作品です。

もう一人の重要な登場人物はキチジローという日本人です。彼はキリスト教徒ではあるのですが、暴力に即座に屈して踏み絵をしてしまうような「弱い人間」です。そんな彼も、おそらくはキリスト教に対して追い風が吹いていた時代ならば敬虔な信者として生涯を送れたであろうに、向かい風が吹く作中の時代には酒に逃げるわ主人公を売るわで、一言で言うなれば「人間のクズ」。キリストの教えとそれを奉じる主人公は彼をも許しうるのか、というのも作品の柱です。

本作はキリスト教をテーマにしていますが、置かれた状況と本人の選択(それすら少しの手違いで違った物になっていたかもしれない)の結果そうなってしまった「醜く、貧しく、卑屈で、怠惰で……etcおおよそ付き合いたいとは思わないような人々」にいかに手をさしのべるのか、というのは僕らにも突きつけられる問題だよなぁと思います(自分がそちら側に回るかもしれないということを含めて。)

キリスト教に限らず人間社会の普遍のテーマを、巧みな文章と説得力のあるストーリーで編み上げた名作、現代にこそ読まれるべき一冊でしょう。