道徳」タグアーカイブ

『良心をもたない人たち』著:マーサ・スタウト 訳:木村博江

いわゆる『サイコパス』とか『反社会性人格障害』とか呼ばれる人たちの特徴紹介と、普通の人たち向けの対策法を指南する本。どういう人かというと、『三月のライオン』の妻子捨て夫さんとかそんな感じ。

アメリカ社会の4%がサイコパス、本書で言うところの「良心をもたない人たち」で、彼らは他人を自分のために利用する駒としか思っていない。彼ら彼女らは外面は良く、徹底的に責任を回避し、平気で嘘をつき、泣き落としでも何でも使って短期的に自己利益の最大化を図る。96%の普通の人たちに言えることは、サイコパスが自分の身の回りの人間関係の中に登場したら、とにかく逃げろ、人間関係の中から排除しろ、ということらしいです。

本書の面白かったところは、倫理とか道徳の起源(インチキ学校道徳ではなく人類史において割と真面目に考えられてきた方の)、というかなぜ我々が倫理観や道徳観を持っているかという問いに仮説を立てていたところでした。要するに「自己利益を最優先する人間の集団」と「助け合い協力しあう人間の集団」どっちが戦争に勝って生き残りますか?という話です。ある種の淘汰の結果として「良心」を持った人が大多数を占めているということなんでしょう。人間社会が緻密な協力と信頼の上に成立していることから考えると、長期的にはそういった恩恵を受けられないサイコパスがじり貧(と本書には書かれている)のもむべなるかな。

とにかく日常生活においては迷惑きわまりないサイコパスの皆さんですが、彼らが大活躍できるのが「兵士」としてであるというデーヴ・グロスマン氏の『戦争における「人殺し」の心理学』が引用されていました。やっぱりこの手の研究書でワンアンドオンリーだよなと。

 

 

 

『みんなの道徳解体新書』著:パオロ・マッツァリーノ

私は暴食もしませんし、人の恋人を奪ったりするようなことはせず、時には残業するくらい勤勉に働いていますし、自分は自分、人は人と嫉妬することも少なく、周りの人はすべて師匠と仰ぎ、怒りに声を荒げることもめったになく、あれもこれも欲しいと思っていたりしない、というキリスト教的な意味ではきわめて道徳的な人間だと思いますが、生来の天邪鬼でして、学校道徳は大嫌いです。「正しいこと」を他人に押しつけられるのが、そのうえ「なぜ」に一向に答えないところが本当に嫌いで嫌いで仕方がないのです。そんな私ではありますが、祖父は戦前も教員をやっており、道徳の前身である「修身」を高く評価している人でした。

ともあれ、本書はそんなあなたにぴったりの一冊。学校道徳の副読本を読みあさり、おもしろエピソードを抽出したり、学校道徳のうさんくささ、ロクでもなさをこれでもかと茶化し、批判する。いつものパオロ・マッツァリーノ節です。昔読んだ『反社会学講座』には感動しました。それ以来のファンであります。

道徳を義務教育に差し込もうとするお年寄りの言い分は、「最近の若い者は倫理観が欠如しているので、義務教育でしっかり教え込まなければ!」といったようなものですが、それにしても戦前に修身教育を受けていた人たちの犯罪率が特別低かったわけでもなく、戦後犯罪は一貫して減り続けているという。事実とやろうとしていることにどうも一貫性がないんですよね。効果がないものに子どもの有限な時間を使うなら、他のことやった方がいいのでは?といったようなことを著者は言うわけですが、私もそう思います。

私のような天邪鬼さんというよりは、道徳は必要と社会正義に燃える保守的に意識高い系の皆様にぜひ一度読んで、ご自身のバカの壁を崩していただきたい一冊です。(こんなこと言われて読む人は多分いませんね。)