文化史」タグアーカイブ

『奴隷のしつけ方』 著:マルクス・シドニウス・ファルクス、ジェリー・トナー 訳:橘明美

某国民的アイドルグループの晒し首会見以来、一時的に売り上げが上がったという一冊。ケンブリッジ大学でローマ史を研究するトナー教授が、古代ローマ時代のローマ貴族、マルクス・シドニウス・ファルクスの口を借りてローマ時代の奴隷の取り扱いについて語る一冊。奴隷なんて建前の上では存在しないことになっている現代日本ではありますが、要するに経営者が従業員のマネジメントをどうするかという意味で、通用する本であると考えられているようです。どちらかというと劣悪な労働環境を自虐する「使われる」立場からの「面白い」という声が多いように思いますが。

奴隷というと、三角貿易でアメリカの綿花農場で働かされる黒人奴隷(腱が切れるくらいの過酷な労働を課された)というイメージが強かったのですが、知的な仕事に従事する奴隷もいたそうです。また、食事に関しては、きちんと与えなければいけないと考えられていたらしく、体罰も、必要ではあるがやり過ぎは禁物ということのようでした。とはいえ人道的な理由というよりは、「資産」の生産効率を最大化するための功利的な考えに基づくものであったようです。また、家族を持つことを許されることもあり、主人が死んだり、特別な功績を挙げたりすると解放され、参政権はないが誰かの所有物ではないという「解放奴隷」の立場を手に入れることができたりしたようです。とはいえ、ローマ帝国が征服した各地から連れてこられ、誰かの所有物として扱われるのは気持ちいいものではなかったことでしょう。

さて、現代の日本に目を向けると、会社において、結婚が推奨され(もちろん本人にとっても幸福なものになる可能性はありますが)、家を買ったとたんに海外、僻地に転勤させられるなんて話があったりしますね。そして何より、我が国日本には、悪名高い「外国人実習生制度」なんて物もあったりします。まぁ2000年経っても、洋の東西を違えても、人間は大して変わらないのかもしれませんね。

これを読むあなたは「使う側」なのか「使われる側」なのかは分かりませんが、「使う側」は従業員が上げる「アガリ」を最大化するために、「使われる側」はそんな「使う側」の意図を見抜いて自由を手に入れる、あるいは守るために、どちらにしても役に立つ一冊だと思います。オススメです。

『キッチンの歴史』著:ビー・ウィルソン 訳:真田由美子

主に西洋において、「台所」がいかに変化してきたのかについて歴史的な資料を漁って書かれた本です。取り扱われているテーマは以下の通り。

– 鍋釜類
– ナイフ(包丁)
– 火
– 計量(度量衡、計量カップや、レシピの変遷)
– 挽く(食べ物を混ぜたり攪拌したり、なめらかにしたり)
– 食べる(カトラリー)
– 冷やす(冷蔵庫)
– キッチン(結局のところ、昔から変わらない形をした料理道具と最新の料理機械が共存するのはなぜなのか?)

西洋の食文化ってのも、結構変わってきたのだなというのが分かって大変興味深いです。特にガスや電気コンロなどの煙の出ない熱源、そして生鮮食品を保存する冷凍冷蔵技術は食文化において非常に重要だったということがよく分かります。昔は台所というのは熱やら煙やらで劣悪な環境で、とりわけ粉を挽いたりメレンゲを作ったりといった労働は大変なものだったようで、特にお金持ちが食べるような凝った料理は、身分の低い人たちや場合によっては児童労働が担っていたようです。そう考えるとテクノロジーの進歩というものはありがたいものですねぇ、なんとか将来もこの何割引かの水準は維持されると良いんですけど……。

現代日本において偏屈なおじちゃんやおじいちゃんが、テクノロジーによって家事において楽をすることを批判したりする例がありますが(最近だと例えば高性能な抱っこひもが槍玉に上がったりしましたね)、どうも日本だけのものではないようですね。本書によれば台所仕事では結構欧米でもあったようです。

旅行で行く先の歴史を知ればその土地の見え方が変わってくるように、本書でキッチンの歴史を知れば、あなたが普段立つ台所の見え方が変わるかもしれない。そんな一冊です。