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『アメリカン・スナイパー』著:クリス・カイル他、訳:田口俊樹他

戦争当事者の手記、回想録というと、古くはユリウス・カエサルの『ガリア戦記』、我が国に目を向けると宇垣纏の『戦藻録』等でしょうか。本作も、それに連なる一作と言えるかもしれません。

本作は2000年代初頭のイラク戦争に従軍した、アメリカ海軍の特殊部隊SEALS所属のスナイパー、クリス・カイル氏の回顧録です。同名の映画にもなりました。世界史に名だたる狙撃手というと、フィンランドのシモ・ヘイヘ、ソ連のヴァシリ・ザイツェフ等がいますが、彼も「ラマディの悪魔」と恐れられた凄腕の狙撃手でした。確かアメリカ軍の兵士としては最高の射殺数を持っているそうです。彼曰く「偶然」だそうですが。戦果がすさまじい上に、カイル氏はPTSDに苦しむ退役軍人の互助会のような活動の中で、元兵士の銃弾に倒れます。不謹慎な物言いかもしれませんが、歴史上の英雄のような人です。

本作では、訓練を受けて、イラクに赴き、様々な場所を転々としながら戦果を重ね、同時に心身を痛め、退役して第二の人生を歩き始めるまでが描かれます。時々挿入される奥さんのタヤさんの文章が、殺伐とした戦場と対比されます。クリス氏の家族は戦争を乗り越えることができたわけですが、彼の同僚や、陸軍、海兵隊の兵士の中には上手くいかなくなってしまった家族もたくさんあったんでしょう。彼は自分がしたことに悔いはなかったようですが、個人的には彼と彼の家族も、彼が射殺したイラク人と同様に戦争の被害者であるように感じられます。

戦争は避けられる限り避けるべきだという思いは今も変わらないのですが、本書を読んでクリス氏に感情移入すると、目の前で仲間が殺されそうになれば引き金を引く、それもまた正しいと思えます。こっちが何もしなくても、けんかをふっかけられるときはあるわけで、自分が直接恨みを買ってなくても、恨まれるときもあるわけで、ホント、どうすりゃ良いんでしょうね。

『彗星夜襲隊 特攻拒否の異色集団』 著:渡辺洋二

特攻=飛行機なら、捨て身の体当たり攻撃について、個人的には本当に歴史の教科書に載っている程度のことしか知らないのですが、本書の主役たる「芙蓉部隊」という旧帝国海軍の陸上航空部隊は、その特攻を拒否した上で、著名な戦果を上げた部隊としてその筋では有名なようです。

芙蓉部隊の指揮官たる美濃部少佐は、南方での撤退戦の中で「夜襲」により特攻に頼らずに戦果を挙げる方法を思いつきます。何度も何度も部隊の編成に挑戦しては失敗し、結局まともに部隊を組織できたのは防衛線が日本近海にまで後退した大戦末期、航空燃料も底をつき(日本が太平洋戦争末期にいかに窮乏したのかは「海上護衛戦 著:大井篤」を是非お読みください)ろくに訓練もできないような状況でした。それでも美濃部少佐は創意工夫で粘り強く戦い、大戦末期の、日本国内の制空権をほぼ奪われたような状況で著名な戦果を挙げます。ちなみに、太平洋戦争末期に日本がいかに窮乏したのかは、『海上護衛戦 著:大井篤』をお読みください(本ブログにおけるレビュー)。

部隊の主要な使用機材は艦上爆撃機の「彗星」特に、ドイツが設計した水冷エンジンを搭載した彗星12型と呼ばれる飛行機だったそうです。高速で高い性能は出たのですが、なにせ構造が複雑で整備が大変。そのうえ、資源がなかったり、製造技術が未熟だったりで本家のエンジンよりも性能がダウンという代物。機械の構造以外にも、零戦などを含めた日本の航空機は空冷星形エンジンだったことも、整備を難しくしていたようです(要するに整備員が慣れていない)。これを美濃部少佐は、整備員を多数そろえ、メーカーから技術者を呼んだり、整備員をメーカーに送ったりして技術を高め、徹底的に整備を施すことで、稼働率を高めました。それでも、出撃した機の半分が故障で途中で引き返してくるみたいな事態が結構起こっていて、この時代の兵器ってのは結構デリケートだったんだなと思いました。というか、現代の日本の自動車などが高信頼性過ぎるのかもしれませんが。

「特攻を拒否」し、それを補うために「夜襲に特化する。」「燃料窮乏下でも搭乗員の訓練に創意工夫を尽くす。」「故障の多い機材を整備員の充実で補う。」など(詳細については本書を読んでください)勝つために徹底的な工夫を行った美濃部少佐ですが、それらもあくまで「特攻よりも勝算があるため」であり、「どうせ命を使うなら、最大限有効に使う」という発想で行われたものだそうです。決して「大義のために命を差し出すこと」を悪としたつもりはなく、特攻で勝てるならそれを選ぶ、とのことでした。フィクションには時々出てくるタイプの指揮官ですが,その元ネタなのかな?とも思ったり。

集団の存亡のために個人の権利や命を使う、という考え方が、状況によっては成立しうることについて、理屈の上では私も理解はできます。しかし集団の未来を担う若者の命を使い減らすこと前提で作戦を立案するというのは、損得勘定だけで考えても理解不能です。マキャベリの君主論や孫子の兵法はこの時代にも日本語訳で読めたはずで、戦争はあくまで「手段」であり、「目的」ではないと言うことくらい分かりそうな物ですが…。まぁ特攻批判は本書でも少しは出てきますが、これは本書の感想とはあまり関係がないですね…。

『海上護衛戦』 著:大井篤

「艦これ」ブームをきっかけに復刊された一冊ということで、最近こんな本ばかり読んでいるんですが、これもまた大変興味深い一冊でした。負け戦には学ぶことが多いといいますが、本書に語られる過去の大戦の負け様は。現代の日本にも通ずるところがあるような気がします。なにせ、日本が海上交通による資源の輸入に頼っているということに変わりはない訳ですから。

本書は要するに「海上護衛戦」とか「商戦護衛」と呼ばれる作戦行動、つまりは資 源を運ぶために海上を行き来する船を海軍が防衛する行為、を帝国海軍がいかに軽視し、そのためにいかにしてあの悲惨な敗戦を経験するに至ったのか?を時系列に沿って淡々と描いていく本です。太平洋戦争の後半に行くにつれて、日本が確保すべき海上交通、海上輸送線が、ものの見事に破壊されていきます。船、運んでいた資源、運んでいた船員や運ばれていた軍属の人たちの命、こういっちゃなんですが「もったいない」の一言につきます。戦争がいかに不毛な行為か、思い知らせるようです。

そもそもが批判的な視点から書かれた本とはいえ、太平洋戦争がいかにグダグダだったのかをこれでもかと見せつけられて、なかなかに辛いです。誰でも知ってそうな孫氏やマキャベリの本を読んでたら、そもそもが「これはアカン」となりそうなエピソードばかり。そもそもが国 民を飢えさせないために始めたはずの戦争の目的と手段が見事に主従逆転している様は、現場で適切な判断をするのがいかに難しいのかということを思い知らされると同時に、「もうちょっと何とかならんかったんか?」と思わざるを得ません。日本の学校教育で語られる、「火垂るの墓」的な苦しい夏の日々をもしかしたら避けられたのかもしれないと思うと、切なくなってきます。

古参のミリオタの方からは、解説の人選だったり、帯に描かれた「艦これ」のキャラクターだったりで批判をする人がどうもいるようなのですが、本書が復刊されたことは素直に喜んでいいんじゃないかなぁと思うのです(今更安全保障に ついての本を読み始めたような「にわか」の戯れ言ではありますが)。本書の前書きに語られるように、著者は本書を広く頒布して、後世の歴史家の判断材料を増やすことを意図していたようですから。歴史家でなくっても、賢者たらんと歴史に学び、飢えたり死んだり殺したりせずに済むために、本書は読んで間違いのない本の1つなのではないかと思います。

ちなみに本書を読むにあたり,以下のネット上の記事が非常に役立ちました.「やる夫でわかるシリーズ」には本当にハッとするようなスレッドが時々ありますね.大変勉強になります.このシリーズは今後も続いていくものと思われるので,大変楽しみに待っています.
やるやらできやら 艦これで学ぶ帝国海軍