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『プロフェッショナル SSL/TLS』著:Ivan Ristic、監訳:斉藤孝道

今や生活に欠かせない人類の財産、インターネット。それが最初に実装された時期は接続する人も少なく、性善説で運用できたのだろうが、様々な理由でそれが叶わなくなり、様々な人が知恵を持ち寄り、規格を作ってなんとかかんとか安全性や信頼性を担保する仕組みを作り、運用しているというのが実情のようだ。そんなインターネットで広く使われている接続の安全性確保の仕組み、SSL/TLS(Secure Socket Layer/Transport Layer Security)を詳しく紹介する一冊。最後の方には代表的なWebサーバープログラム上で適切に運用するための方法も紹介されている。

本書は個別の暗号や認証のアルゴリズムや仕組みを数学的に詳しく解説するというよりは、それらの暗号やハッシュ関数といった道具をどうやって組み合わせてSSL/TLSという仕組みが作られているのか、動いているのか?を書いている。

現代というのは、象牙の塔の記号遊び(悪く言いたいわけではない)だった整数論が現実の役に立つようになり、かつては軍隊や政府といった極めて限られた人の間でしか使われなかったような暗号を子どもですらガンガン使うという驚異的な時代である。

これらの技術をみんなが日常的に使う時代だからこそ、みんなが持っていて損はない知識だし、逆に周りが勉強しないのであれば、知識があることで他の人に差をつけることできる。いずれにせよ学んで損はないのである。ただし、日本の会社でセキュリティの知識があることを吹聴しない方が良いだろう。給料が増えないのに仕事が増えるという自体が生じかねないので……。

自分が本書を読むにあたっての知識を仕入れたのは以下の書籍あたり。暗号関連だと、最近だと結城浩さんの数学ガールなんかも良いのではなかろうか?
サイモン・シン 暗号解読
一冊で分かる暗号理論
ネットワークはなぜつながるのか?

  

『UNIX考古学 Truth of the Legend』 著:藤田 昭人

「ギリシアは哲学を遺し、ローマは法を遺した」なんて言葉があり、ギリシア哲学やローマ法とそれらから派生した様々な知の体系は我々の社会を支える重要な礎として機能しているわけですが、本書に語られているUNIX系のOS(ここではベル研究所製のオリジナルのUNIXから派生して、様々な人によって改良され、時には一から作り直されながら発展したその類似・後継OS達を含めます)も、前掲の2つに比べて歴史は浅いながらスーパーコンピュータからスマートフォン、はたまた組み込みのマイコンまで、現代社会の特徴である情報ネットワークのありとあらゆる場所で使われており、現代社会の在り方を支える重要な要石の1つといえるでしょう。というわけで、本書はそんなUNIXがどこでどのように、誰によって生み出され、発展し、今の形になってきたのかを豊富な写真と引用を用いてひもといた歴史書です。

本書では1960年代後半くらいにアメリカAT&Tのベル研究所で始まったUNIX開発、UCBerkleyのCSRG(Computer System Research Group)が行ったBSD UNIXとARPANET、TCP/IPに関するあれこれを紹介し、商用化、クローズドソース化されて多数の派生商用UNIXが生まれ、OSの標準仕様の決定に関して各種UNIXベンダーが争っている1980年代後半にMicrosoft WindowsがコンシューマPC市場をかっさらうところで本書の主部は終わります。おまけでBSD UNIXを完全オープンソース化するというUCB CSRG最後の大仕事も語られます。Free Software運動のRechard Stallmanはちょっと出てくるくらいで、Linus TovaldsのLinuxはフルスクラッチのUNIXライクOSなので(その前身のMINIXは出てきますが)、ほぼ言及はなし。その辺はSteven Levyの『ハッカーズ』を読めばいいのでしょうかね(恥ずかしながら未読)?

最初に「現代社会の在り方を支える重要な要石の1つ」なんて書いたりしましたが、個人的には案外的外れではないのではないかと思っており、その理由としては

  1. 1. 世の中で使われているコンシューマ向けコンピュータの多くがUNIX系OS(Android、iOS、MacOS、Linuxは明確にUNIX系、WindowsもNT系はPOSIX準拠で、Windows 10ではUNIXシェルが標準付属)
  2. 2. インターネットを構成する重要技術は、最初UNIX系OSに実装されて広がり、使われた(TCP/IP×BSD、WWW×NEXTSTEP)

があります。まぁ、もしかしたら別のなにかが作られ、使われたのかもしれませんが……。とはいえ、現在に至る歴史の中で、そんなここ50年くらいの世界の「変革」が、ごく少数の人間によって始まったというのはまるでフィクションのようですが、本書によればどうやらそういうことのようです。語り口は淡々としていますが、中身は「コードギアス 反逆のルルーシュ」シリーズのような「世の中が変わっていく過程」のノンフィクション版のようなものな訳で、まぁ何というか個人的には非常に「滾り」ます。

個人的には本書はコンピュータやUNIX系OSの勉強に非常に有益だと考えています。というのも、人間ものを覚えるのには一つの物事に対して複数の記憶の経路を作るのが有益で、例えばUNIXコマンド一つとっても、歴史や設計思想を知れば覚えも良くなると思うのです。そういう意味で『UNIXという考え方』や本書をUNIXコマンドの解説書と一緒に読むのは勉強法としていいのではないでしょうか?最初は意味がないように見えるかもしれませんが、案外記憶の定着がいいかもしれません。

仕事でUNIX系OSを使う人はもちろん、コンピュータやインターネットを使う人ならば誰にとっても本書は有益だと思います。今、目の前に当たり前にある世界がどのようにして作られてきたかを知れば、目の前の景色がちょっと変わって見えてくるかもしれません。