昼を生きる人間と,夜を生きる吸血鬼が半分ずつ,世界を分け合っている世界.両親の経営するコンビニを手伝う主人公は,冷蔵庫のバックヤードから,同じ高校の吸血鬼のヒロインを見ている.とある事件をきっかけに2人の距離が縮まって行く….恋愛を「正直に」描いた良作だと思う.個人的にこの作品の白眉は,「境界」と「におい」である.
まずは「境界」について.思春期の男女にとって,異性は未知の存在だ.まぁ大人になっても分からないものだし,そもそも同性だって,腹の底で何を考えているのか分からんものだけれども.昼と夜,人間と吸血鬼,コンビニの冷蔵庫の,向こう側とこちら側,別の世界を生きている,未知の存在としてのお互いを協調するかのような「境界」のモチーフが,この作品には数多く登場する.恋愛とはいわば,相手との境界を越えて,お互いに幻想のベールをはがす過程であり,主人公達は正しくそのステップを踏んで行く.出だしでもたつき,とあるきっかけで境界を越えたら加速度的に,というのがリアル.
次に「におい」について,境界線が引いてあっても,たとえ壁があっても,密閉されていない限り漂ってくるのが「におい」である.本作では一貫して「匂い」でも「臭い」でもなく,「におい」と綴られる.悪臭か,はたまた芳香か,それを判断するのは人間であり,愛しい恋人のそれは,生臭い生き物の臭いであっても芳香なのだ.ふとした瞬間に触れた汗ばむ相手の肌,夏の暑さに香り立つ体臭,恋愛とは健全であっても決して清潔なものではないということを,本書は思い出させてくれる.
読めば恋人の躰に鼻を近づけたくなるなること請け合い(その後どうなるかに責任は持てないが).この恋の結末がいかなるものか?是非とも夏の夜に読んで欲しい一作である.
ヴァンパイア・サマータイム (ファミ通文庫) (2013/07/29) 石川博品 |