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俺の手ぬぐいコレクション 略して手ぬコレ!

実はここ10年近く密かな趣味がありまして、出張等で国内旅行をした際にその土地っぽい手ぬぐいを1つ買って帰るというものです。私服の時のハンカチとして結構使えるので実用性もありますし、「手ぬぐいを使っている」と周囲に言っておくと、案外周りから集まってきたりするのでお金がかからなくてお得ですよ。ということで簡単にご紹介してみたいと思います。

一枚絵もの

1枚の絵をプリントしたもの。タワー系で売っているものは縦方向にタワーの形をもしたものが多い気がします(手元には1枚しかありませんが、色々見たことがある)。

連続柄

日本版ポルカドットは「豆絞り」なんて呼ばれたりしますが、簡単な幾何学的模様の他、エッシャーのだまし絵のようでそうでもないようなものもあります。青森で買った豆絞りの手ぬぐいは林檎の豆絞り(林檎絞り?)みたいな柄で良かったです。

紹介もの

特定のテーマに沿った知識を授けてくれるもの。横須賀、呉等、海上自衛隊の基地がある街に行くと大抵海軍、自衛隊関連の手ぬぐいが売っています。左は旧帝国海軍の軍艦名、右は海軍の専門性を表す記章の一覧です。

変わり種

企業ロゴ、これは実家の車がホンダ車だったので、京都のディーラーからもらったとかそう言うのだと思います。地方の名物、博多帯柄の手ぬぐいなんてのもあります。

いかがだったでしょうか?1回の旅行で1枚なのであまり集まりませんが、色々な色柄があって楽しいですよね。実用品としても手を拭いたときの水切れが上品で良いのです。とりあえず浅草とか京都とか和風押しの街に行けば豆絞りとか適当な柄の手ぬぐいが500円くらいで買えますので、そこから入門するのが良いと思います。皆さんもぜひ手ぬぐい、使ってみてください。

ものの整理を劇的に簡単にする(かもしれない)4つの分類

ものとの付き合い方は難しい。昔はものがないことに困っていたというが、今はものがあふれていることに困っている場合が多々ある。そこでものとの付き合い方を考えることはとても重要である。

自分にとってどれがものとのいい付き合い方なのかはその人にしか分からない。そしてそれはすぐに分かるものではなく、試行錯誤の末にしか分からない。ということで、ここでは具体的にどうしろということは言わない。試行錯誤の出発点になるかもしれない私の考え方を開陳してみたいと思う。

  1. まずは、自分の手元への滞留時間で2つに分けて、長期間に渡って所有するもの、短期間で使ってしまうもので分ける。
  2. さらに、長期間に渡って所有するものをを使用頻度に応じて3つに分類する。これで自分の持ち物に以下のような4つの分類を作る、というものである。
  • ストック:長期間に渡って所有するもの
    • 日用品:一定以上の頻度(毎日、毎週、月にに何度か)で使うもの 例:日常的に着る衣服,調理用具,家具、家電等
    • 非日用品:特定のシチュエーションで必要となるもの 例:買ったはいいが使っていないもの、冠婚葬祭用品、(ある種の)スポーツ用品、キャンプ道具、(公共交通が発達した地域における)自動車
    • コレクション:持つことそれ自体に意味があるもの。使わないものでも構わない
  • フロー:短期間で消費,あるいは手放してしまうもの 例:食べ物,生活雑貨,雑誌,読み捨ての新書など

ものの整理、特に減らす方向で検討する作業とは、基本的には,非日用品の見直し(レンタル利用の検討など)、コレクションの整理、日用品の厳選の順にやっていけば良いのだと思う。日用品の定義を「一定以上の頻度」と曖昧にしているのも、日用品と非日用品、特に買ったはいいが使っていないものとの境界をどこに置くかに、あなたのものに対するスタンスが反映されると考えるからである。

個人的には、フローは減らしてしまうと非常時に困る場合がある(災害時の備蓄、という側面もある)ので、ある程度余裕を持って予備を用意しておくことをオススメしたい。

あとは逆の考え方もある。ものに合わせて生活を変えるのである。例えば着物を持っているが、使っていない(非日用品になってしまっている)場合、着物を日常的に着るようにすれば、日用品に格上げできる。スポーツも日常的にするようにすれば、スポーツ用品の利用頻度が上がり、電車を自動車通勤にすれば、日常的に自動車を使うようになる。人は自分の存在意義を自分で見いだす必要があるが、ものは存在意義を与えられて生まれてくる。いつか塵芥に帰すとしても、手元にある間は使ってやるのがもののため、だと個人的には思う。

最後に言いたいことは、整理していいのは自分の持ち物、他人の持ち物をどうこうするな、これが絶対の前提である。他人のものをどうこうするものは時にその人からの信頼を回復不能なまでに損なってしまう可能性があるということを、努々忘れるなかれ。