著者は伊藤計劃.本作が遺作となってしまいました.この作品を読む限り,これからどれほどすばらしい物語を紡いでくれただろうかと思わせます.神様に才能を愛されてしまったようにしか思えないような人です.
一応ネタバレ的なことも書くのでご注意を.
さて,この作品はつまるところ,人間の歴史を彩ってきた全体主義(集団主義)と個人主義のらせんの末端を書いているような気がします.あらゆることに裏表があるように,自由,というものにも裏表があり,完全な自由というのは弱肉強食で最終的には勝者が敗者からすべてを持って行くような社会になってしまうのでしょう.だからといって自由を完全に制限して,個人よりも大きな人間の集団の一部として個人を取り扱うことも,また弊害があるものです.
結局,本書が書くところの「生命主義社会」というのも結局のところ歴史上に現れてきた全体主義の社会となんら変わらないような気がします.というかそのままですね.では「生命主義社会」が歴史上の全体主義社会と何が違うのかというと,高度に発達したテクノロジーがあらゆる人の生存と健康をほぼ完全に保証してしまうことでしょうね.人間にとって非常にバイタルな部分を握っていわば「幸せの押し売り」をすることで,崩壊することのない永久のユートピアが実現されたかのようになるわけです.
それでも自由と混沌を志向してしまう人間が次の段階に行くとしたら,果たしてそれはどのようなものだろうか?というのが本書の結末で,ある意味冒頭でもあるんですね.
これまで科学と社会システムの発達によっていろいろなものを外部に預けてきた人間が,ついに命(とその分かちがたき一部である死)すら外部に預けてしまったとき,人間を人間たらしめるものは何か?つまり帯のあおり文句「人間は、なぜ人間なのか。」が非常に重みを持ってきます.病床で命に肉薄しながら綴られた文章には,不思議な圧力を感じました.
間違いなく今年のナンバー3以上,傑作です.
ハーモニー (ハヤカワ文庫JA) (2010/12/08) 伊藤 計劃 |