『華氏451度』著:レイ・ブラッドベリ 訳:伊藤典夫

焚書といったらこれ!というSFの古典。

本を焼くことの愚かさもそうだが、人類の足跡を個人の寿命の彼方に残すことや、残そうとする人間の意地の尊さを謳っている印象だった(もちろんそれらは裏表なんだけど)。

本作では焼かれる本に対してテレビあるいはSNS的な映像メディアが社会の退廃の象徴みたいになっていたけれど、世界各国のメディアテークやウェブアーカイブみたいに、映像やウェブコンテンツなんかも本と同じく残すべきものと認識され始めているように思う。SNSの方も、エコーチェンバー化して狂気の培養槽になることもあれば、社会階級や地理的関係を飛び越えて人と人を結びつける良い効果もあって、その辺は現実がブラッドベリの想像を超えていたんだろうか。

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