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『永遠の0』 著:百田尚樹

一応名前と幾ばくかの評判を耳にしたことのある本ではあったが、読んだことはなかった一作。読んでみたら見事にはまってしまった。何せ、読んだその夜に夢に見たくらいに。

主人公とその姉は、歴戦の海軍航空兵で最後特攻隊で命を落とした実の祖父(祖母の最初の夫)宮部久蔵のルーツを辿るべく、ゆかりのある人々に連絡を取り、祖父の戦歴の聞き取りを始める。優秀なパイロットでありながら非常に命を惜しみ、時には臆病者とさえ言われた祖父久蔵の本当の姿はどうだったのか、長い道のりを経て2人はついに真相に至る…。正直最後は全く予想の外でした。なんというか、内容に熱中しすぎて伏線を考えるのを忘れるくらいでした。

主人公のあり方は僕を含めた現代の若者の一般的な姿であり、もう一人の主人公である久蔵も当時の人でありながら現代人に感情移入しやすい人物造形で、ページを繰る手が止まりませんでした。彼に感情移入して戦争を戦ってきたような気分になっていたがゆえに、物語終盤の久蔵の焦燥と絶望が、本当に心に沁みました。現実に多数の戦友や教え子の死を看取り、自分の死を目の前にしてどう考えてどう思うかなんて現代人の想像の外なのでしょうけど…。

日中戦争から、真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナルに沖縄特攻まで、本作の中で語られる主人公の祖父久蔵の戦歴は、まさに太平洋戦争の戦史そのものです。戦争の流れ、日本がいかにアメリカと戦い,いかに無様に負けたかが手に取るように分かります。参考文献が巻末についている(その1つであり、中で隊長の美濃部少佐が言及されている芙蓉部隊の戦記『彗星夜襲隊』のレビューはこちら。オススメです。)ので、本作を端緒にそれらを読めば、義務教育では教えられない太平洋戦争の全貌もつかめるようになるかなと思います。面白いフィクションを読んでは、その題材について掘り下げるという人生を送ってきましたが、私の目からすると太平洋戦争に関して、本書はその役割を担い手たるに十分だと思います。平和を志向するならばなおのこと、戦争についてよく知らねばならんと思うのです。世の中きな臭くなってきていますし、自分自身や友達、子々孫々を戦争に巻き込まず、二度と国土を戦火で焼かず、諸外国の皆さんにご迷惑をかけないために、一度きちんと学ばなければならんのだろうなぁと思います。

特攻を命じた海軍上層部、そもそも人命軽視の作戦計画、兵器の設計(零戦の場合、高馬力エンジンを作れなかったときにどうにか勝てる飛行機を作ろうとした技術者の苦心の成果ともいえるのかもしれませんが)が、本作では徹底的に批判されているのですが、その様には、いわゆるブラック企業の経営者が、特に下っ端で働く兵卒相当の人間のことを人と思わず、代わりはいくらでもいるとそれこそ死ぬまでこき使う様子がダブります。そのために緩やかに負けに向かっている様子は、どうも日本人という民族の精神性は、先の大戦から余り変わっていないのではないかと思ってしまいます。嫌ですね。

本作はフィクションではありますが、今を生きる日本人すべてにとって、自分の祖父母、あるいはもっと先祖に当たる人たちは確実に太平洋戦争を経験しているということはノンフィクションです。一人一人に宮部久蔵に相当する人がいて、いわば「永遠のゼロ」があるのです。それぞれが戦争の極限状態の中で何かを見て、思って考え、そして手のひらを返した戦後の日本を生きて、自分へと血をつないできたのです。私自身既に鬼籍に入っている祖父(戦死はせずありがたいことに無事に復員できたのですが)がどこでどんな軍歴をたどったのか、調べてみたくなりました(今でも厚生労働省にしかるべき手続きを取って請求すれば、軍歴を知ることができるようです)。作中でも主人公が言及していますが、ここ何年かが太平洋戦争について体験者の肉声を聞くことのできる最後のタイミングなのではないかと思います。従ってこんな作品が現代に書かれ、広く読まれているのは、大変意義深いことだなぁと、勝手に思うのです。