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『エネルギーをめぐる旅 文明の歴史と私たちの未来』著:古舘恒介

本書は「人類史における人類の営み」を、エネルギーという刀で切ることで鮮やかな断面見せてくれる一冊。読み通すには科学や工学の基礎的な知識はいるが、それがある人にとっては断片的な知識が有機的に結びついて、過去から現在、未来に至る大きな流れが見えると思う。個人的には『銃・病原菌・鉄』や『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史』並にビッグピクチャー(「世界」に対する本質的で全体的な理解・視点)を描こうとしている本に感じられた。

まず第一部で著者は人間が火を手に入れたことに始まり、産業革命を経て現代のように人体が消費するエネルギーの何倍ものエネルギーを生きるのに使う状況に至るまでの過程を、5つのエネルギー革命として整理する。正直人間が火を手に入れたことが、単なる明かりや暖房の手段ではなく人間が人間であることにこれほど強く結びついていた(人間はエネルギーをバカ食いする脳を比較的小さな消化器官で支えている、つまり人間は火を使って加熱調理された消化に良い食べ物を食べなければ生きていけないということ)という著者の考察はこれまでに持っていなかった視点で大変面白かった。

続いて第二部は科学史を含めた科学的な視点から、エネルギーとはどんなものであるかを整理する。鍵を握るのは熱力学の第二法則、そして散逸構造である。ここを理解できれば、2021年現在注目度が高まっており、ともすればポジショントークの応酬になりがちな「どれが良いエネルギーか」問題を落ち着いてみることができるようになるだろう。

第三部はエネルギーにまつわる人間の心理やエネルギーと人間社会といったものの関係を考察する。ここでは一定の経済成長がないと上手く回らない人間社会と、エネルギー問題の間の難しい関係が整理される。

最後の第四部は、第一部から第三部までの過去と現在に関する考察を元に、人間が今直面している気候変動問題や持続可能性問題に対して、何ができるのかを考えている。エネルギー問題のような社会や文明全体に関する本は、問題を指摘して原因を究明するパートに対して問題解決の方向性を示すパートがチープなことが多いが、本書は筆者の哲学から工学に至る見識の広さからか悲観的すぎず、さりとて楽観的すぎず個人的には納得感が高かった。この辺の悲観と楽観のバランスと人類史を俯瞰する感じは、真面目な教養書である本書とはまったくジャンルが違うが、ゲームの『Fate Grand Order』と同様の印象を受けた。

気候変動問題とか、今はやりのSDGsとかに興味がある人は、入門書で多少知恵が付いたら本書を読めば、(いくつかのゴールについて)表層的なイメージや商業的なプロモーションの裏にある問題の本質が見える(端的に言えば解決がいかに困難であるかということに気づく)と思う。あと、「ハーバー・ボッシュ法(空気中の窒素と水素から肥料の原料になるアンモニアを作り出す方法)がいかに革命的なものだったか」といったような話題が大好きな人は確実に楽しめるだろう。個人的にはもっと広く読まれるべき本だと思うので、是非とも皆様にオススメしたい。