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『日の名残り』著:カズオ・イシグロ、訳:土屋政雄

ノーベル賞受賞作である。昨年からノーベル文学賞受賞作家の本は読んでみることにした。さて、本作は七つの海を支配した大英帝国の落日を、イギリスっぽいものの代表格「執事」であるスティーブンスの旅と、追憶の過程を通じて懐かしむという作品のようである。

日のなごりというタイトル、大英帝国の落日というテーマ、老いてくたびれたスティーブンス……といった作中の要素、表現が、1つのモチーフで統一されている感じが非常に良くできているなぁと感じられる。不器用に「品格=公的な場で衣服を脱ぎ捨てないこと」という執事=古いイギリスの在り方を徹底したが故に生じた、沢山の後悔と悲しみをぐっと胸に秘めていて、ある種それを開放することになる旅の終わりのスティーブンスは実に胸に迫る。さんざ自分が何をどう考えてきたのかを言葉にしてきた中で、あの描写は実にズルい。

ヒロインは結婚しており、スティーブンスも会話の中では「ミセス・ベン」なのだが、地の文(スティーブンスの心中)では変わらず一緒に居たときの「ミス・ケントン」であり、何十年ぶりに会った彼女の容姿の描写も非常に好意的に内心で語られている。そんな回りくどい思慕の描写が実にエモい。

ちなみに、スティーブンスのイメージは、作中の時代は半世紀ほど前のことだが完全に森薫先生の『エマ』に出てくるスティーブンスで、森先生には感謝しかない。おかげさまで本書をとても楽しむことができた。

 

 

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